たんっ。と軽やかな音を鳴らして跳ね上がる。
頬を撫で、髪の隙間を通り抜けていく風が心地いい。
地球に引っ張られるままに近くのビルへと降り立ち、直ぐにまた跳ね上がる。
目的地もなく、行きたいままに適当にビル街を跳ね回っているとビルの隙間に見知った姿が見えた。
目の前に降り立ったらどんな反応をするだろうとニヤつきながら意気揚々とビルから飛び降りた。
「よお!暇人!」
目の前に着地するなり弾んだ声で挨拶をする。
「・・・おまえな。」
対する相手は呆れたような声を出した。
もっと驚くかと思っていたが彼は重たいため息を一つ吐いただけだ。
「なんだ、脅かしがいのないやつだな。」
思っていた反応が見られなかったので少しムッとしてそう言うと彼は「あのなぁ。」と額に手を当てる。
「用もないのにぴょんぴょん飛び回ってる奴がいたら普通警戒するだろ。暇人はお前だ。」
どうやらこの近辺を飛び回っていたことは彼にバレていたらしい。
「失敬な!僕は暇じゃないぞ!仕事をやってる風に見せるために一生懸命飛び回っていたじゃないか!」
「サボりじゃねぇか。」
胸を張って僕の頑張りを発表すれば彼はもう一度重いため息を吐いた。
くしゃくしゃのスーツにボサボサの頭。
だらしない彼の様子を見て口を開く。
「蟻っていうのは働いてるやつと働かない奴がいるらしい。」
「・・・あ?」
彼は強い瞳で睨んできたが、僕はにっこりと微笑んだまま続けた。
「働かないからと、その蟻を排除するとな?今度は今まで働いていたやつが働かなくなるそうだ。・・・実に面白い話だな!」
強くうなづいて、彼を指さし宣言する。
「君はよく働くアリだ。僕の知っている限りあの会社で君以上に働いているものはいなかったと断言出来る。」
僕の言葉に、彼は気まづそうに目を逸らした。
「・・・そう、見えなかったから排除されたんだろ。」
排除。そう。排除された。
「よく働く蟻を排除した場合どうなるのかは僕は知らないが、働いてる風でふんぞり返った連中が甘い汁を啜っていて必死こいて働いてる側が排除されるなら、僕だって甘い汁を吸う側になりたいと考えたんだよ。」
微笑みながらそういうと彼は眉をしかめる。
しかし彼が口を開く前に僕は両手を広げ大袈裟に話を続けた。
「でも、僕ってすごく優しいだろう?自分だけ得するなんて良心が許さなかったからな、みんなにも教えてやったんだ!ぼくらの会社はどうやら真面目に働くものより適当に遊んでるやつの方を優遇する方針らしい。みんな!お望み通り遊び回ってやろうじゃないかと!」
「馬鹿なのか!そんなことしたらお前らだって」
想像通り優しく真面目な彼は立ち上がり怒鳴りつけてくるのを僕は手のひらを見せることで黙らせる。
「かと言って、今まで働くことを頑張って来た身だ。有り余る時間を持て余してしまう。と、言うことで僕たちは副業をすることにしたんだけれど君も一緒にどうだい?」
にこりと微笑んで彼へと手のひらを差し出してみせると、目の前の彼はぽかんと口を開けている。
「会社の方針とはだいぶ違うんだけどね、僕は働くアリが大好きだから。君なんかはピッタリだと思うんだけどね。」
差し出した手のひらを見て、僕の方を見つめ彼はパクパクと口を動かしてグッと唇をかみしめて俯いてしまう。
けれど、震えるその手はしっかりと僕の手のひらを掴んだ。
「まずは、身なりを整えなきゃだね!君いま相当酷いぞ?」
ケラケラ笑いながら肩を叩けば小さな声で「うるさい。」と帰ってくる。
そしてさらに小さな声で「ありがとう」と。
それはかすかに震えていて、あまりにも小さな声だったけれど僕の心にしっかりと届いた。