おはなしの森

日々を過ごし感じること、思い浮かぶこと。世界はたくさんの物語で溢れている。

【短編】願い込めて、想い込めて、綴る言の葉

 

涼しい風が吹き抜けて、尊き青が広がっていく。

ベッタリ張り付いたような薄い雲がゆっくり流れる。

 

「天気が良いねぇ。」

 

のんびりとした声に振り返り笑みをこぼした。

 

「ひとみも絶好調だね。」  

「当然でしょう?」

 

にこにこしながら隣に並ぶ彼女に

自然と私の気持ちも引っ張られていく。

 

「合図はなんだっけ?」

「忘れちゃったの?」

 

せっかく一生懸命考えたのにと口を尖らせるひとみが

面白くて笑ってしまう。

拗ねていたはずのひとみも釣られて笑い出す。

 

「別に忘れたわけじゃないよ。確認したかっただけ」

 

「天に昇るは竜の歌。」

「登り広がる空の声。」

 

ひとみと私の声が澄みわたる世界に響いていく。

 

「友に繋ぐ命の響き。」

「握りしめた温もりとともに。」

 

安心させるような優しい音が、世界へと。

 

「ねぇ、やっぱりいらないんじゃない?合図。」

「いや、いるよ!あった方がかっこいいと思う。」

 

思いっきり唐突に始めておいてそんなことを言う。

いきなり始めて出来るなら合図は必要ないはずなのに

 

「望んだようにするのにはイメージが大事なの」

 

リンッと響く鈴の音。ひとみが望んだ合図の音。

 

「さぁ。」

「さぁ。」

 

現実に立ち向かうために。大丈夫。1人じゃない。

こちらを見つめる目に応えるように笑みを返して

 

「行こう!」

 

願いを込めて言の葉にのせた。

崖っぷちな状況だろうと不思議と恐怖は湧いてこない

 

 

踏み出したその1歩に、迷いはなかった。

 

 

 

【短編】雲の向こう焦がれる

 

澄みわたるような美しい青をどんよりとした雲が覆い隠している。

いつもは目が開けられないくらい眩しい空からは優しすぎる淡い光が降り注いでいる。

 

「何してるの?」

 

 いつの間にかそばに来ていた、ゆきに「見て。」と頭上を指させば彼女は「曇ってるねぇ。」と軽く返してきた。

じっと蠢く雲と淡い光を眺め、そしてゆきへと視線を向ける。

 

「明るい。」

「そうかな?曇ってるからいつもより暗くない?」

「でも、夜より明るい。」

「朝だからね。」

「うん。明るい。」

「そうだねぇ。」

「あんなにたくさん雲が邪魔してるのに、夜じゃない。」

 

僕の言葉にゆきはぱちくりと目を瞬かせ、ゆっくりと空を見上げた。

 

「・・・たしかに。」

「明るくて、すごい。」

「・・・・・・うん。すごいね。・・・そんな風に考えたこと無かったや。」

「僕はいつも思ってた。すごいなって。」

「君のそういう所本当にすごいって私も思ってるよ。」

「僕も、」

 

言いかけて口を閉じる。

 

「うん?なに?」

 

ゆきが不思議そうに首を傾げ続きを促すから、もう1度上を見上げてグッと拳を握る。そして再度ゆきへと向き直って口を開いた。

 

「僕も、あんな風になりたい。邪魔されても、隠されても、ちゃんと光が届けられるように。」

「・・・。うん。きっとなれるよ。」

 

ふわりと笑いながらも少し悲しそうにそう言ってくれた、ゆきに僕は慌てて答える

 

「それで、僕は、ゆきも。・・・ゆきもなれると思う。」

 

僕の言葉に、ゆきは驚いたように一瞬目を見開いてそして気まずそうに目を伏せた。

ゆるりと白い両手を不安そうに握りしめ、ゆっくりと空を見上げた。

僕も同じように空を見上げる。

空はどんよりとした雲におおわれている。

けれど降り注ぐ淡い光と蠢く影が、その分厚い雲の向こうに高く澄みわたる青い空と煌々と輝く太陽が確かに存在していることを証明している。

 

「・・・なれるかな。わたしにも。」

 

小さな震えた声が僕の耳に届いた。

 

「なれるよ。僕たちにも。」

 

分厚い雲を睨みつけるように、はっきり力強く答える。

ザァーっと吹いた冷たい風が僕たちを勇気づけるように体を叩いていった。

 

 

                                                                                       

 

【短編】空飛ぶクジラ

 

 

「まま、見て!クジラさんだよ!!」

 

ガタンゴトンと心地よく揺れるまどろみの中、興奮気味の高い声が車内に響いた。

 

「まーくん。しー。」

 

慌てた様子のお母さんらしき人が慌ててたしなめるも子供は「ねぇ、見て!まま、あれ、あれ!」としきりに窓の外を指さしている。

何となくぼんやりした頭のまま子供の指し示している方へと視線を向ければ

気持ちの良いくらい真っ青な空を大きな白いクジラがゆっくりと泳いでいる。

 

「わぁ。本当だ。大きいクジラだ。」

 

思わずポロリと言葉がこぼれ落ち、それに気づいた子供が嬉しそうに

 

「ね!大きいクジラさんだよ!!僕が見つけたの!」

 

と笑った。

 

「そうなんだね。すごい、大発見だね。」

 

私が褒めるようにそう返せば子供はなおのこと嬉しそうにくふくふと笑う。

 

「うるさくしてすみません。」

 

少し疲れた様子の子供の母親が申し訳なさそうに謝って来たので私はとんでもないと首を振る。

 

「疲れていましたがお子さんのお陰でとても癒されました。・・子供って凄いですね。自分の視野が狭まっていたことに気がつけました。クジラは、空も泳げるんですね。」

 

再度見上げれば四角い窓の外を悠々と泳ぐ大きなクジラ。

 

「なんだか、自分の悩みなんてどうでも良くなりました。ありがとうございます。とても素敵なお子さんですね。」

 

素直に思ったことを口にすれば、くしゃりと顔を歪めた母親が嬉しそうに「ありがとうございます。」と呟いた。

 

ガタンゴトンと揺れる電車の中、楽しそうな子供の声が響いている。

そしてそんな車窓から暖かく見守るように寄り添い泳ぐ大きな白いクジラがふわりと青い空の中に溶けていった。

 

 

 

【詩】大きな背中

 

忘れられない景色がある。

燃え盛るような赤い夕日をバックに、あの人が立っていて、数メートル離れた私がその光景を眺めていることも気づかず私に背を向けていた。

普段は大きく頼りがいのあるその背中が、真っ直ぐ凛とたっているその体が、赤い光に包まれてなんだかとっても小さく見えた事にとても動揺したことをおぼえている。

同時に少しだけ安心もした。

あぁ、この人もちゃんと人間なんだなと。

この人も弱いところがあるのだと。

そんな当たり前のことを、私はその時初めてようやく理解したのだ。

 

だってあなたはいつも完璧で、ダメダメな私とは全然違って、私はいつも大きな大きなその背中を追いすがるように走っていた。

どれだけ走ろうとちっとも縮まらないその距離に、いつしか私は追いかけるのをやめてしまった。

それでもあなたはいつも、私の視界にいた。

それくらい大きくて大きくて。

あなたの背中の影は居心地がいい。

そう思えるようになるのにそんなに時間はかからなかった。

 

でも、そんなのあたり前だったのね?

大きくて安心する影を、あなたは一生懸命作ってくれていたんだわ。

 

私はずっと背中を見てると思ってた。

あなたは一度も私を振り返ってくれないと。

でも、そうじゃなかったのね?

 

大きく、大きく、あまりにも大きいから気が付かなかったけれどあなたは最初からずっと私の事を見ていてくれたんだわ。

 

馬鹿な人。不器用でどうしようもない。

 

一言、声をかけてくれたら気がつけたのに。

それだけで良かったのに。

 

本当に馬鹿だわ。

あなたも、そして私も。

 

まだ間に合うかしら?

こんなに時間がかかってしまったけれど、あなたはまだこちらを向いてくれてる?

こんなにどうしようもない私をあなたはまだ愛してくれるかしら?

 

声なら私がかければいいの。

あなたがかけてくれなくても、私から。

 

さぁ、勇気をだして。

もう一度。

 

あの時のようにもう一度、あなたに駆け寄ってみよう。

 

そうしたら、きっと、

あなたはあの優しい瞳を私に向けてくれるのでしょう?

 

 

 

 

【お題短編】ひと

お題:足す、亜目、伍する

 

「残念ながらあなたは人ではないようです。」

生真面目な顔をした男は私にそう言った。

「ちょっと、意味がわからないんですけど。」

私も真面目な顔でそう返した。

「最近、ホモ・サピエンスに分類されているものによく似た生き物がいると発表されたのはご存知ですか?」

そう言われて思い出すひとつのニュース。

どう見ても人にしか見えない女が小さな男の子を抱え悲痛に訴える姿。

「あれフェイクニュースじゃないんですか?」

口の中がカラカラになっているのを感じながらも何とか気を保とうと笑いながら口にするも、目の前の男はただ黙ってこちらを見ている。

黒い瞳が私をまっすぐに見つめている。

まるで、何かを観察するように。

 

「ちがうわ!!!」

 

男の瞳に耐えきれず反射的に否定をした。

ちがう。そんなわけない。ありえない。だって。おかしい。

たくさんの言葉が体の中を巡っている。

上手く息ができない。自分の存在が揺らいで、そのまま消滅してしまうんじゃないかという錯覚に陥る。

ちゃんと立てているのかさえ分からなくなった時

「落ち着いてください。」

背中に暖かな手のひらが添えられた。

じんわりと広がる熱に自然と呼吸が深くなりいつの間にか強ばっていた体が徐々に解れてくる。

そのまま再度イスへと腰を落とせば、数回ゆっくりと背中をさすった男が離れていく。

「・・・・わたし、人じゃないんですか?」

吐き出された言葉が静かな室内で響いた。

「はい。」

同じく響いた男の声に目の前が真っ暗になる。

言葉にならない音が口からもれて、グッと奥歯を噛み締める。

「しかし、」

男の声に顔を上げると、男はまっすぐこちらを見ていた。

「現在、人であるとされている3分の1はあなたと同じです。」

「・・・え?」

想像しない言葉に戸惑う私を見つめて男は続ける。

「今わかっているだけで3分の1です。実際はほぼ半数ではないかという話もあります。・・・あなただけじゃありません。」

「あ・・・。」

自分だけじゃない。他にもいる。それも沢山。

言葉が染み込み、理解すると共に涙が溢れた。

同時に胸に沸きあがる良かったという安心感。

「ここを訪ねてみてください。あなたと同じ方々が暮らしています。」

そう言って男は1枚の紙を差し出した。

ここにいる。私と同じ人が。そんなに遠くない。歩いて行ける距離だ。

紙をぐっと握りしめ男へと深く頭を下げた。

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「・・・行ったか。」

呟いてパソコンを立ち上げる。

「おー。おつかれ!どんな感じだった?」

画面に写った男は軽薄そうに笑う。

「一瞬パニックになりかけてたけど落ち着いて声をかけたら大丈夫だった。」

俺の言葉にそいつはふむふむと頷き一言「ご苦労さん。」と声をかけてきた。

「・・・彼女はだいぶ混ざってるみたいだった。もうほとんど人と区別がつかなくなってる。年も俺より10は上だな。」

「なるほどな。やっぱり俺たちに足りないものは人が持ってるんだな。いい発見だ。」

俺の報告にそいつは満足そうに俺へと笑いかける。

 

「このままいけば、人と対等になるどころか同化しちまうな。」

 

画面の向こうで俺の顔がにやりと歪んだ。

 

 

 

 

【短編】働きアリ達の世界を

 

たんっ。と軽やかな音を鳴らして跳ね上がる。

頬を撫で、髪の隙間を通り抜けていく風が心地いい。

地球に引っ張られるままに近くのビルへと降り立ち、直ぐにまた跳ね上がる。

目的地もなく、行きたいままに適当にビル街を跳ね回っているとビルの隙間に見知った姿が見えた。

目の前に降り立ったらどんな反応をするだろうとニヤつきながら意気揚々とビルから飛び降りた。

 

「よお!暇人!」

目の前に着地するなり弾んだ声で挨拶をする。

「・・・おまえな。」

対する相手は呆れたような声を出した。

もっと驚くかと思っていたが彼は重たいため息を一つ吐いただけだ。

「なんだ、脅かしがいのないやつだな。」

思っていた反応が見られなかったので少しムッとしてそう言うと彼は「あのなぁ。」と額に手を当てる。

「用もないのにぴょんぴょん飛び回ってる奴がいたら普通警戒するだろ。暇人はお前だ。」

どうやらこの近辺を飛び回っていたことは彼にバレていたらしい。

「失敬な!僕は暇じゃないぞ!仕事をやってる風に見せるために一生懸命飛び回っていたじゃないか!」

「サボりじゃねぇか。」

胸を張って僕の頑張りを発表すれば彼はもう一度重いため息を吐いた。

くしゃくしゃのスーツにボサボサの頭。

だらしない彼の様子を見て口を開く。

「蟻っていうのは働いてるやつと働かない奴がいるらしい。」

「・・・あ?」

彼は強い瞳で睨んできたが、僕はにっこりと微笑んだまま続けた。

「働かないからと、その蟻を排除するとな?今度は今まで働いていたやつが働かなくなるそうだ。・・・実に面白い話だな!」

強くうなづいて、彼を指さし宣言する。

「君はよく働くアリだ。僕の知っている限りあの会社で君以上に働いているものはいなかったと断言出来る。」

僕の言葉に、彼は気まづそうに目を逸らした。

「・・・そう、見えなかったから排除されたんだろ。」

排除。そう。排除された。

「よく働く蟻を排除した場合どうなるのかは僕は知らないが、働いてる風でふんぞり返った連中が甘い汁を啜っていて必死こいて働いてる側が排除されるなら、僕だって甘い汁を吸う側になりたいと考えたんだよ。」

微笑みながらそういうと彼は眉をしかめる。

しかし彼が口を開く前に僕は両手を広げ大袈裟に話を続けた。

「でも、僕ってすごく優しいだろう?自分だけ得するなんて良心が許さなかったからな、みんなにも教えてやったんだ!ぼくらの会社はどうやら真面目に働くものより適当に遊んでるやつの方を優遇する方針らしい。みんな!お望み通り遊び回ってやろうじゃないかと!」

「馬鹿なのか!そんなことしたらお前らだって」

想像通り優しく真面目な彼は立ち上がり怒鳴りつけてくるのを僕は手のひらを見せることで黙らせる。

「かと言って、今まで働くことを頑張って来た身だ。有り余る時間を持て余してしまう。と、言うことで僕たちは副業をすることにしたんだけれど君も一緒にどうだい?」

にこりと微笑んで彼へと手のひらを差し出してみせると、目の前の彼はぽかんと口を開けている。

「会社の方針とはだいぶ違うんだけどね、僕は働くアリが大好きだから。君なんかはピッタリだと思うんだけどね。」

差し出した手のひらを見て、僕の方を見つめ彼はパクパクと口を動かしてグッと唇をかみしめて俯いてしまう。 

けれど、震えるその手はしっかりと僕の手のひらを掴んだ。

「まずは、身なりを整えなきゃだね!君いま相当酷いぞ?」

ケラケラ笑いながら肩を叩けば小さな声で「うるさい。」と帰ってくる。

そしてさらに小さな声で「ありがとう」と。

 

それはかすかに震えていて、あまりにも小さな声だったけれど僕の心にしっかりと届いた。

 

 

 

 

【短編】子供たちに宝物を

 

いい子のところにはサンタさんがやってくる。

チラチラとお空から雪が訪れる頃、シャンシャンと軽やかな鈴の音と共に。

お友達のトナカイと一緒に凍てつく寒い夜に暖かなロウソクの火のようなお洋服をまとってみんなの元にやってくる。

 

すやすやと寝静まる子供たちの枕元へ。

特別で大切な宝物を届けに。

 

 

いつからだろう。

サンタさんを待たなくなったのは。

朝起きて枕元を確認しなくなったのは。

サンタさんはいい子のところに来る訳じゃないと気がついたのは。

 

1つ歳を重ねて

新しい事を経験して

見て、聴いて、感じて、そして成長していく。

成長して見えてくる今まで隠れていた事。

いい事も、悪い事も。

嫌な事も、嬉しいことも。

たくさんたくさん経験して、そうして気がつく。

 

サンタさんは別にいい子のところに来ているわけじゃない。

 

サンタさんは愛されている子のところにやってくる。

 

あの時貰った宝物。

1年に1回、枕元へ置かれていった宝物。

 

たくさんたくさん詰め込められた愛の贈り物。

 

目に見えないものがぎっしりと詰まっていた。

私の大切な宝物。

 

体の中の大きな袋の中に沢山詰められた宝物。

 

 

今度は私が

 

あなたに届ける番。

 

 

とびきりの想いを込めて、愛しいあなたへ

 

 

「Merry Christmas」

 

暖かいクリスマスにいつかあなたも気がつく時が来るのだろうか。