「幽霊になったら何がしたい?」
唐突にかけられた声に、チラリと横に座る男に目を向ける。
「・・・・・・。」
「え?無視?無視は酷いよ!」
ニコニコ笑う男から視線を本に戻すと、男は隣で大袈裟に身振り手振り使って邪魔してくる。
「勝手に隣に座らないでくれる?」
鬱陶しさに視線は本に向けたままそう冷たく告げたのだが、男はパァーっと輝かんばかりの笑みをうかべ
「僕はさ、僕はさ、空飛んだりこの学校の敷地を壁とかガンガンすり抜けてまっすぐ歩いたりしたいんだよね。何秒で端から端まで行けると思う?まっすぐだから30秒あれば端から端まで行けると思うんだよね僕。」
こちらの様子お構い無しでマシンガントークを始めた。
「よくさ、女子トイレ除くとか女子の着替えを除くとかあるじゃん。でも、僕それは良くないって思うんだ。例え見えないからってさ、それは良くないよ!絶対!!」
「そう、紳士的ね」
大袈裟に、身振り手振りを交えながら熱心に話す男に適当に返事を返せば男は嬉しそうに
「そうかな?えへへ。そうかなぁ?」と1人で悶えている。
「気持ち悪いからやめて。今すぐ。」
眉をしかめてそういえば男は素直におかしな挙動を止めた。
「うん、ごめんね。でもおしゃべり楽しいねぇ。」
「私は楽しくないわ。嫌な視線が集まるもの。」
なおも、ヘラヘラと笑う男にピシャリと言い放ち周囲に視線を巡らせるとそこかしこでヒソヒソ、クスクスと声が聞こえてくる。
「ねぇ、あれさぁ」
「しっ!見ちゃダメだよ。頭おかしいの伝染るよ。」
「きもちわるぅい。」
「1人で喋って何やってんだろ。」
「イマジナリーフレンドじゃね?」
好き勝手話して嫌な視線を不躾に送ってくる彼らに眉間のシワがいっそう深くなった。
「あ、あー。ごめんね。ぼく、でも、」
やっと周りの様子に気がついたのか、隣の男がさきほどまでの態度とは打って変わって俯きボソボソと話す。
テーブルの上に投げ出されていた手は固く、固く握りしめられまっすぐこちらを見つめていた瞳は今はじっと己の膝あたりをウロウロとさ迷わせていている。
「周りの視線が嫌なだけで、別にあんたと話すのが嫌なわけじゃないわ。」
ジメジメとした態度があまりにも鬱陶しくてため息とともにそう告げると、男はパッと顔を上げて私の顔をジーッと見つめてきた。
なんだか居心地が悪いので視線を逸らし逃げるように手元の本へとグッと顔を近づける。
「あのさ!じゃあさ!また、おしゃべりに来てもいい?」
明るく、嬉しそうな弾んだ声がすぐ横で響いている。
「・・・図書館の出入りは自由でしょ。好きにすればいいじゃない。」
それに素っ気なく返せば、男の大きな返事と学校のチャイムが辺りに響いた。
「じゃ、じゃあ、また来るね」
にこにこと手を振る男に、視線だけで返事をして私も立ち上がる。
『 幽霊になったら何がしたい?』
男の質問を思い出して、ぽつりと呟く。
「何がしたいとか、考えたこと無かったな。」
まっすぐ歩きながら、考える。
私ならどうだろうと。
そして、その答えを次会った時あの男と話したらあの大袈裟な男はどんな反応をするだろうか。
込み上げる笑みをそのままに、少女はゆっくりと本棚の中へと消えていった。