おはなしの森

日々を過ごし感じること、思い浮かぶこと。世界はたくさんの物語で溢れている。

【短編】繋いだその手の先に

 

 

ぶ厚い水の向こう側から、柔らかな光がゆらゆらと踊りながら降りてくる。

 

くっついて。

 

離れて。

 

くるくるり

 

たくさんの光たちが、水中で産まれた泡達の音楽に合わせて楽しそうに舞い踊っている。

 

「綺麗だね。」

 

嬉しそうに響いた彼女の声に私は応える。

 

「うん。とっても。」

 

お互い視線は光の舞踏会へと惹き付けられたまま。

けれど、重ね合わせた手のひらから伝わる熱が私たちの気持ちが1つであることを教えてくれる。

 

ぎゅっと力を込めると同時にぎゅっと伝わる彼女の気持ち。

トクトクと響く鼓動でさえも重なり合って1つになっていくようだ。

 

「ふふ。」

 

「なあに?」

 

クスクスと笑いだした彼女に声だけでそう尋ねると楽しそうな声が返ってくる。

 

「だって、不思議で。」

 

「不思議?」

 

「うん。不思議。」

 

そう言ってこちらに向き直る気配がしたので私も彼女へとまっすぐ視線を向けた。

 

「私ね、一目見た時から貴女が大嫌いだった。」

 

「・・・。」

 

言われて出会った当初の彼女を思い出す。

いつもにこにこしていて、誰にでも優しくて、誰からも愛される彼女の姿を遠目で見ていたあの時のことを。

 

「奇遇ね。私もよ。」

 

私もまっすぐ彼女へと視線を向けてそう言えば、彼女はくしゃりと笑った。

 

「そうでしょうね。」

 

 

コポコポ。

 

くすくす。

 

ゆらゆらり

 

水中で行われる光の舞踏会に私達の忍び笑いが重なっていく。

 

「「絶対、分かり合えないって思ってた。」」

 

重なり合った声に愉快な気持ちが溢れ出す。

 

「「あははは!」」

 

どちらとも言わず駆け出して、両手を繋いだままくるくる回る。

 

ゆらゆら、ゆらり

 

くるくるり

 

あんなに大嫌いだった貴女だけが、本当の私を知っている。

 

あんなに拒絶していた私だけが、唯一貴女に寄り添える。

 

それはなんとも奇妙で不思議で不可解なのに

 

 

当たり前で明明白白たる事だった。

 

 

 

「ああ、もっと早く貴女と言葉を交わしていれば良かった。」

 

震え、後悔の滲む声を出した彼女に自分の揺らぐ視界を無視して強く縋り付く。

 

「今からだって遅くは無いわ。私たち。」

 

沢山間違って失敗してしまった私達だけれど 

 

「そうかな?こんな所まで来ちゃったのに。」

 

きっとまた立ち上がれる。

 

「今さら、今さら私たちが、」

 

震える彼女を、私を、奮い立たせるように声を上げた。

 

 

「ここから始めるの。新しく。一緒に。」

 

 

 

 

深く暗い海の底。

コポコポ産まれる空気に背中を押されて彼女達はぐんぐん浮き上がる。

 

天から降り注ぐ優しい光が舞い踊るその中をひとつの影が登っていく。

 

もう一度、産まれよう。

次は間違えないように。

 

優しいその手の温もりを、もう二度と見失わないように握りしめて。

 

 

私たちは、ひとりじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

【短編】その名はあめ

 

天から降り注ぐ、細く細いたくさんの水。

女の頭上に掲げられた円形の布に水がぶつかり、パラパラと軽い音が響いている。

ふと視線をやった先には紫色の小さな花々が身を寄せ合うように咲き誇りキラキラと光っていた。

 

その光景は焦がれるほどに、美しい。

 

 

「またここに来ていたのか。」

 

深いため息とともに電源が落とされ、先程まで目の前に広がっていた光景は一瞬で掻き消えた。

 

ムッとして声の方へと振り返れば難しい顔をした兄がこちらを見ている。

 

「勝手に消さないでよ。」

 

不機嫌を隠さずそう言えば兄は

 

「もう何回も見てるだろ?水が飛んでくる映像の何が楽しいんだよ。」

 

と、不満げに返してきた。

 

「何回見たって飽きないわよ!沢山の水が私目掛けて飛んでくるのよ?不思議で素敵で、それにね不思議な音がするの。サァーと鳴ってて布に当たるとパラパラって鳴って。・・おばあちゃんが言っていた通りまるで音楽だわ。」

 

映像の素晴らしさを伝えようと一生懸命口を回すけれど、どれだけ言葉を連ねたところであの映像の素晴らしさを全て伝えるのは不可能な気がした。

 

聴いて

 

見て

 

感じて

 

そうする事でしか分からない美しさがあの光景にはあるのだ。

 

夢見心地で映像の素晴らしさを力説する私に兄はますます顔を歪めた。

 

「・・・父さんが、心配してる。」

 

その言葉に、幸せな気持ちがいっきに霧散した。

 

「・・私もおばあちゃんみたいにおかしくなるって?」

 

「・・・。」

 

笑い飛ばすようにそう言って黙り込む兄から視線を逸らした。

 

「おかしくなんてなってないわよ。・・おばあちゃんはただ、耐えられないほど寂しかっただけだわ。幼い頃にいた青く美しい星が恋しくなってしまうほどに。」

 

遠い、遠い星を一人で眺めていたおばあちゃんの姿を思い出す。

自らが育った美しい星を心から愛していたおばあちゃんの姿を。

 

「じぃちゃんだって父さんだって居ただろ。みんな、ばあちゃんのことを想ってた。」

 

視線を合わさずそう言う兄に私は鼻で笑って言葉を返す。

 

「いくら想っていたって、言葉にも行動にも出さなくて伝えてないなら無いのと同じよ。」

 

私の言葉に兄は悲しそうに目を伏せるだけで何も返してこない。

 

「私、分からないわ。どうしてそんなに怖がって遠ざけようとするのか。あんなに美しいのに。」

 

重い空気の中、私が呟くようにそう言えば兄は「だからだろ。」と答える。

 

「飛び込んでしまいたくなる気持ちが分かるほど美しいから、見て欲しくないんだよ。」

 

そう言って縋るようにこちらに向けられた瞳にカラりと笑ってみせる。

 

「でも、おばあちゃんは帰ってきたじゃない。」

 

私の言葉に兄は目を見開いた。

 

「あんなに美しくて素晴らしい青い星をあんなにも愛していたのに、おばあちゃんは確かにこっちを選んで戻ってきたわ。・・私はそれが答えだと思うけどな。」

 

パチリと電源を入れ直して、映像を再生する。

白みがかった世界に細く細かい水が勢いよく飛んでくる。

サァー。パラパラ。と水の音楽が響き渡る。

 

 

美しい世界に、雨が降っていた。 

 

 

「それに、自分の名前の由来になった光景を実際に見て、感じてみたいと思うのはしょうがない事じゃない?」

 

両手を広げ飛び込んでくる

水の元へ手を伸ばしても何も感じる事はできず水は足元へと消えていく。

 

その様子をしばらくぼんやりと眺めていると、兄が不意に口を開いた。

 

「・・1人では絶対に行くなよ。」

 

その言葉に今度は私が目を見張る。

 

「行ってもいいの?」

 

「焦がれすぎてお前まで飛び込んで行ったら困るからな。」

 

腕を組んでそっぽを向きながらそう答えた兄に私は満面の笑みを浮かべた。

 

「そんなこと言ってー!お兄ちゃんも見てみたいだけなんでしょー?」

 

ケラケラと笑う私に兄は「うるさいな!」と誤魔化すように叫ぶから余計に笑いが込み上げる。

 

ひとしきり笑って、飛び込んでくる雨を見上げて兄へと語りかける。

 

 

「いつか、みんなで行きたいね。お父さんとお母さんとお兄ちゃんと私で。・・おばあちゃんが愛したあの青い星に。」

 

「・・・そうだな。」

 

振り続ける雨の中、身を寄せ合う紫陽花がキラキラと光っていた。


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【お題短編】大きいまごいと小さいひごい

 

 

父が嫌いだった。

 

いつも不機嫌そうにリビングに居座っているのも、母にあれこれ命令しているのも。

 

こちらに興味なんか無さそうにしているくせに口を開けば「勉強はどうだ?」「進路はどうするんだ。」とそればかり。

 

父のそういう行動のひとつひとつがものすごく癪に障る。

 

「なんであんな人と結婚したの?」

 

イライラしながら私がそう母に尋ねると、母は決まってにこりと笑いながら言う。

 

「あなたにも、いつかきっと分かるわ。」

 

そんな日は絶対に来ない。

 

口には出さなかったけれどずっとそう思っていた。

いつしか、なんにでもニコニコ笑って許している母にもイライラするようになってしまった。

母が父のそういう所を許容するから父はそうなんだと。

 

会話する度に、顔を見る度にイライラするようになって逃げるように家を出た。

 

一人暮らしは気が楽だった。

不機嫌な顔で命令する声も、それをニコニコと許容する姿もない。

けれど、のびのびと暮らしていく内に少しずつ不便さに気がついていく。

家のことは全部自分でやらなければいけなかった。

 

頭ではわかっていた。

わかっていたけれど、掃除・洗濯・料理・月々のお金の計算エトセトラ。

それを働きながらこなさなくてはいけないのだ。

生活する事の大変さを実感した。

 

そうして、ふと気がついた。

 

「ああ、私も父と変わらない。」

 

母の優しさに甘えて、不満ばかりを口にする。それはかつての私が1番嫌っていた父の姿だ。

 

一人暮らしを始めてからはじめて実家がとても恋しくなった。

 

 

 

時が経ち、あれからがむしゃらに生きていつの間にか隣で支えてくれる愛しい人との間に子供が出来た。

 

子供は難解だ。

大人の道理が通らない。

 

毎日毎日、どうするのが正解なのか分からないまま一日が過ぎていく。

彼と2人。小さな怪獣に翻弄される日々だ。

 

「ママー!これなにー?」

 

ある時子供が引っ張り出してきたその箱に懐かしい記憶が蘇る。

私がまだ父を嫌いになる前の記憶。

 

「これはね、じぃじが作ったものだよ。」

 

「じぃじ?」

 

質問に答えながらゆっくりと蓋を開ければ子供の嬉しそうな歓声があがる。

 

「わぁ!お魚さんだ!!!」

 

開いた箱の中に収められた鯉が3匹。

 

「これはね、鯉のぼりっていうの。」

 

私の言葉に子供は目を輝かせて大きな声で歌を歌い始める。

 

「知ってる!!屋根よーりーたかーいこーのーぼーりー!」

 

大きいまごいはお父さん。

小さい緋鯉は子供たち。

面白そうに泳いでる。

 

子供の楽しそうな歌を聴きながら思い出す。

 

鯉のぼりを作ろうと得意げな父と呆れながらも嬉しそうな母と一緒に作った鯉のぼり。

父と、母と、私。

3人の鯉のぼり。

 

記憶の父はいつもリビングに居た。

 

不機嫌そうな顔をして皆が行き来するリビングに。

 

 

父は、私ともっと話をしたかったんじゃないだろうか?

しつこく勉強について聞いてきたのも会話の糸口にしたかったのかもしれない。

 

当時の私はとても煩わしく思っただけだけれど、今思い返してみると記憶の中の父は酷く寂しそうだった。

 

「ママ?」

 

子供の声にハッと我に返る。

心配そうにこちらを覗き込む子供に笑みが浮かんだ。

何にも知らないように傍若無人に振る舞う小さな怪獣は最近はこうして全てをよく知ってる大人のような振る舞いをする事がある。

成長している証拠かな。

 

「ね、鯉のぼり作ろうか。」

 

私が唐突にそう、切り出すと子供はキョトリと目を瞬かせる。

 

「え?もうあるよ?」

 

「これはね、ママとじぃじとばぁばなの。だから、パパとママとちーちゃんの鯉のぼりを作ろう。」

 

にこりと笑いながらそう言うと子供は嫌そうに眉をしかめる。

 

「えー。パパもー?」

 

どうやら父嫌いが遺伝してしまったらしい。

 

「またそんなこと言うと、パパ泣いちゃうよ?」

 

「泣き虫な男の子なんて格好よくないのになんでママはパパと結婚したの?」

 

尋ねられた懐かしいその言葉に、私は微笑みながら返す。

 

 

「あなたにも、いつかきっと分かるわ。」

 

 

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お題:鯉のぼり

 

 

 

【短編】優しい君に注ぐ

 

チリーン。

 

爽やかな風が吹く度に、高く透き通った音が響き渡る。

 

チリーン。

 

さわさわと揺れる木の葉の音色に耳を傾け、1羽のツバメはぼんやりと空を見つめる。

爽やかな空気と音色とは裏腹にツバメの中はどんよりと濁っていた。

 

その濁ったものが外へと飛び出さないようにツバメはじっと息を潜めてそこにいる。

 

そこへ、1羽のカラスがやってきた。

 

「やあ。」

 

チラリとこちらを見たカラスは一言そう声をかけて羽繕いを始める。

 

「あっちへいってよ。」

 

ツバメが冷たくそう言い放つとカラスはへらりと笑った。

 

「私がどこに居ようと、私の勝手だろう。」

 

その様子に収まりかけていたものがふつふつと湧き上がってくる。

 

「僕が最初にいただろ!あっち行けってば!」

 

羽を広げて「ツピー、ツピー」とそう言えばカラスはケラケラ笑った。

 

「これは、これは。随分と攻撃的なツバメじゃないか。」

 

楽しそうに放たれたその言葉はツバメに鋭く突き刺さる。

そして、ツバメが頑張って押し込めていた濁ったものがとうとう外へと飛び出した。

湧き上がる感情そのままにツバメはカラスへと飛びかかった。

 

「あっち行け!あっちに行けってば!」

 

素早く飛びかかるツバメをカラスはひらりひらりと避けていく。

ケラケラカラカラ楽しそうに笑うその声がますますツバメの心を酷く掻き乱した。

 

「なんで僕にこんな事させるんだよ!あっちに行ってよ!!」

 

「攻撃したくないならしなければいいだろう?」

 

再度強く言い放ったツバメの言葉になんて事もないようにカラスが返してくる。

 

「それが出来るならそうしてるよ!だから僕は1羽でいなくちゃいけないんだ!」

 

溢れ出る感情そのままにツバメがそう叫ぶとカラスはキョトリと動きを止めた。

 

「1羽で?どうして?」

 

「誰にも優しくできないツバメは誰かと一緒にいたらダメなんだ。」

 

言葉に出してツバメもようやく威嚇を止める。心の奥からグッと何かが込み上げて視界がゆらゆらと滲んでく。

 

そしてツバメの目からポタリと感情の雫が零れ落ちた頃カラスは静かに尋ねた。

 

「君は、誰かに優しくしたいのかい?」

 

ポタポタと感情をこぼれ落とすツバメは叫ぶように答える。

 

「ツバメは誰かに優しく寄り添って幸福を運ぶ鳥なんだ!優しく出来ないツバメなんてツバメじゃない!」

 

その様子をじっと見つめたカラスは唐突にカラリと笑って見せる。

 

「君は随分バカだなぁ。」

 

その言葉にツバメは「うるさい!」と口を開こうとしたがその前にカラスの羽がサラリと優しくツバメの胸を指した。

 

「それを見てご覧よ。」

 

促させるままに視線を動かすとツバメの胸の奥にキラキラと輝く丸いガラスが見えた。

 

「なにこれ?」

 

「君のうつわだよ。」

 

思わずこぼれた疑問にカラスが答える。

 

「うつわ?」

 

「そう。私のはこれ。」

 

そう言って指し示されたカラスの胸の奥には少し角張ったガラスが見えた。

ツバメと違うのはカラスのガラスの中には美しい、キラキラとしたものが満たされていること。

 

「これの中にはね、優しさや愛が入っているんだよ。」

 

言われてツバメはもう一度自分のガラスを見つめる。

なんにも入っていない丸いガラスを。

 

「無いものを、誰かに渡すなんて出来るわけないだろう?」

 

続いたカラスの言葉にツバメは羽をもがれたような衝撃を受ける。

 

「・・・やっぱり僕は、出来損ないのツバメなんだ。」

 

絞り出すように出された言葉は小さくて、それでもツバメの心をギリギリと締め付けた。

 

そんなツバメの様子を見て、カラスは徐に自分のガラスを持ち上げる。

そして、ツバメの空っぽのガラスの中に自分のガラスの中身を注ぎ込んだ。

 

「何してるの!!ダメだよ!君のが無くなっちゃう!」

 

たまらずツバメがそう声を張り上げると、カラスはケラケラ笑う。

 

「無くなりゃしないよ。無くなる前に誰かに貰うもの。」

 

その言葉にツバメはキョトリと目を瞬かせ、首を傾げた。

 

「君のガラスに何も入ってないのは、君が1羽で居るせいさ。みんなこうして誰かに貰ったり渡したりしてうつわを満たしているんだよ。」

 

「誰かに貰ったり、渡したり?」

 

「そうさ。」

 

言われてもう一度見下ろした。

カラスと同じ、美しくキラキラしたもので半分満たされた丸いガラスを。

 

ツバメのうつわはもう空っぽじゃなかった。

 

「僕!僕も君に渡したい!」

 

ツバメは自分のうつわを持ち上げてカラスへとそう言うとカラスはさっとうつわを隠してしまう。

 

「そいつはダメさ。」

 

それにツバメは悲しくなってポロポロ涙を零した。

 

「僕が、君にいじわるしたから?だから僕のは貰ってくれないの?」

 

雛のようにピイピイ泣くツバメの涙を優しく羽で拭いながらカラスは呆れたように「そうじゃないよ。」と答える。

 

「今、私に渡してしまったら君のうつわはまた空っぽだ。それじゃあ私が渡した意味が無いだろう。」

 

確かにそうだとツバメは思ったけれどそれでも「でも、でも、」と小さく呟きながら言い訳を探す。

 

すると、カラスはケラケラ笑いながら

 

「それでも君が私に渡したいと思ってくれるならね。そのうつわをいっぱいに満たしておいで。そうしたら私は喜んでそれを受け取ろうじゃないか。」

 

と言った。

ツバメはうんと嬉しくなって大きく羽を大きく広げ 

 

「約束だよ!!」

 

と満面の笑みを浮かべた。

 

「ああ、約束しよう。」

 

カラスもそれに優しい笑みを返す。

 

チリーン。

 

高く透き通る様な美しい音色が響き渡る爽やかな空をツバメとカラスが仲良く飛んで行った。

 

 

きっともう、ツバメのうつわが空っぽになることはない。

 

 


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【お題短編】春のいたずら

 

風に耳を傾け、目を瞑る。

 

つい数日前まで身を切るような寒さだったというのに今日は随分と暖かい。

肌にじんわりとした熱を感じて深く呼吸をする。

 

耳に届くのは木々と小鳥たちの微かなお喋り。

 

何を話してるのかはさっぱり分からないが、耳触りが良くて心地良い。

明るく楽しそうに音が響いたかと思えば囁き合うようにひそめられたり、怒ったようにひとつ音が響きそれを宥めるように軽快な歌が始まる。

次から次へと忙しなく場面が変わる声に夢中になって耳をすました。

 

「あの、すみません。」

 

唐突に響いた人の声に、驚いて目を開けると隣の席に座っていた少女が申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。

 

「・・え?あ、はい。え?私ですか?」

 

完全に自分の世界に入り込んでいた為テンパりながらも何とか少女へと返事をする。

 

「あの、これ。」

 

そう言って少女が差し出してきたのは原稿用紙。自分のテーブルの上を確認すればさっきまで書いていたページが無くなっている。

 

「え?わ!ごめんなさい!!全然気が付かなかった!」

 

私が心地よく耳を傾けていた風がどうやらイタズラをしていたらしいと気が付き、慌てて少女から原稿用紙を受け取った。

 

「あ、いえ!むしろこちらこそすいません。その、」

 

やたらと少女が申し訳なさそうにしているのを不思議に思って視線を辿ると、受け取った原稿用紙には染みが出来ていた。

 

「急に飛んできて、びっくりした時にかかっちゃって。すぐ拭いたんですけど・・。」

 

そう言った少女のテーブルの上にはカフェラテが置いてある。

 

「それ、期間限定のやつですか?」

 

私が少女のカップを指さしてそう言うと、彼女は戸惑ったように「え、はい。そうです。」と答えた。

それに私は二カリと笑う。

 

「桜の妖精が出てくる話を書いていたから、貴女のカップに引き寄せられちゃったみたい。」

 

それを聞いた少女はパチクリと目を瞬いて私を見つめてくる。

その様子があまりにも可愛らしくて思わず吹き出してしまう。

 

「え?・・・え?」

 

戸惑った様子の少女にくすくすと笑いを零しながら私は応える。

 

「本当に大丈夫。貴女のせいじゃないもの。悪いのは風が吹いてるのに呑気に目を瞑ってた私だから。洋服とか大丈夫でした?あ!もしあれだったらもう1杯奢るので」

 

「え、あ!大丈夫です。零れたの少しだけだったので!」

 

鞄から財布を取り出すと少女は慌てたように両手を振って止めてきた。

 

「そうですか?」

 

「はい。本当に、大丈夫です。」

 

ようやくにこりと笑った少女にこちらも笑みを浮かべて「そうですか。」と返し、財布をしまった。

 

テーブルに放置されていたカフェラテを手に取って口へと運ぶ。もう冷めてしまっていたけれど、コーヒーに混ざる優しい桜の香りに癒される。

 

「美味しいですよね。このカフェラテ。」

 

 

未だチラチラとこちらを伺っている少女にそう話しかければ、少女は「ええ!とても!」と返し同じようにカフェラテを飲むと意を決したように声をかけてきた。

 

「あの!さっきの。」

 

「さっきの?」

 

「はい。桜の妖精の話を書いてたって、あのどんな話なんですか?あ!聞いたらまずいですかね?」

 

興味津々といった目を向けながらワタワタと話す可愛らしい少女に笑みがこぼれる。

 

「良かったら読んでみますか?」

 

そう言って原稿用紙を差し出せば少女はパァーっと顔を輝かせて「良いんですか?」と尋ねてきたので「もちろん。」と短く返す。

やけに恭しく受け取って読み始めた少女を横目にカフェラテを飲む。

 

言動がやたらと可愛らしいこの少女には、私の書いた世界がどのように映るのだろう?

 

逸る気持ちを押さえつけて、ゆっくりとカフェラテを飲んでいく。

 

冷めてしまったそのカフェラテは

 

甘くて優しい、新しい出会いの味がした。


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桜のカフェラテ、新しい出会い

 

 

 

 

 

 

 

 

【短編】ネモフィラの海

 

ネモフィラだ。

 

冷たく悲しいネモフィラが見渡す限り広がっている。

慰めるように優しく吹く風にネモフィラが撫でられていて、まるで波立つ海原の真ん中にポツリと1人取り残されてしまったような心地になってしまう。

 

「どうして泣いているの?」

 

口から零れた問いかけに応えるものは誰もいない。

優しい風が零れたその言葉を優しくどこかへと運んでいくだけだ。

 

見渡す限りどこまでも続いている冷たくて悲しい、美しい海原を眺める。

 

1歩、足を踏み出そうとして躊躇する。

今私は何も履いていないとはいえ、このまま足を踏み出したらネモフィラを潰してしまう。

少し考えて上げかけた足を元の位置に戻し視線をあげると、いつの間にかそこには白い影が1つ。

 

「・・え?」

 

うずくまっているその白い影は真っ青なネモフィラの海の中で良く目についた。

何故今まで気が付かなかったんだろう?とかいつからいたんだろうとか普通なら思いそうなものだけれど、そんな事よりも私の心に真っ先に浮かび上がったのは

 

人だ。人がいた。

 

と言う喜びだ。

安堵のため息が身体から吐き出されて、身体から力が抜けていく。

そうして初めて自分がずっと不安を感じていたことに気がついた。

 

白い影はうずくまったまま。

 

浮き立つ様な気持ちで白い影へと声をかけようとして、その影が震えている事に気がつく。

微かに響く、悲しげな音。

 

「・・泣いてるの?」

 

ポツリと響いた私の声に、ピタリと震えが止まる。

 

そうして、白い影がゆっくりと起き上がり隠れていた黒がさらりと現れた。

はらはらと白の上を滑り落ちる美しい黒が広がり、視線が絡み合う。

 

 

悲しみに濡れた美しい瞳が私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆづ!ゆづき!!」

 

激しく揺さぶられる身体と、耳元で叫ぶ彼の声にふわりと体に意識が戻ってくる。

ゆっくりと瞼を開けば、今にも泣き出しそうな彼がこちらを見つめていた。

 

「・・・お、はよう?」

 

状況がいまいち理解できなくて掠れた声で挨拶すると彼はくしゃりと顔を歪ませる。

 

「おはようじゃねぇよ、バカ。・・・マジで心臓止まるかと思った。」

 

しがみつくように回された腕が微かに震えていて彼と触れ合っている所がじんわりと暖かく心地いい。

 

「・・・ネモフィラに会ったよ。」

 

意識ははっきり戻って来ているのにどこか夢心地でそういうと、彼は眉をしかめる。

 

「は?なに?ネモフィラ?」

 

「うん。すっごく美人でね。見惚れちゃった。あれだけ綺麗なら死んでも結婚したいって気持ちわかるなって納得した。」

 

くすくすと笑いながらそう彼に語りかけると

 

「ゆづきってたまに殴りたくなるくらいマイペースだよな。」

 

と、恐ろしく低い声で伝えられて「しまった。」と口をつぐむ。

伺うように見上げた先には不機嫌そうな彼がいる。

 

「・・・ごめんね。」

 

小さな声でそう言うと、彼は大きなため息を吐き出した。

 

「どこか痛いところは?吐き気とか。」

 

「無いよ。大丈夫。」

 

「なんでこんな所に倒れてたわけ?転んだ?」

 

「え?」

 

言われてようやく辺りを見渡す。

広がっているのは見慣れた光景。

彼のアトリエとリビングをつなぐ廊下のど真ん中。

なんでここに居るんだっけ?と首をひねり思い出しながら言葉を紡ぐ。

 

「お日様が、お日様がねそこの窓から差し込んでてここの床がすごく暖かったから。わぁーぽかぽかだぁ。ってしてて・・・してて、その。そのまま寝ちゃったみたい。」

 

「猫かよ。」

 

誤魔化すように照れ笑いをする私に彼は呆れたように言葉を吐き出した。

 

「マジで寝てただけ?体調悪い訳じゃないんだな?」

 

「うん。むしろぐっすりお昼寝したから元気いっぱい。」

 

未だどこか不安げに尋ねてくる彼に立ち上がり笑いかければ彼は

 

「俺の心臓が止まるから。こんな所で寝ないで。絶対。」

 

と酷く真面目な顔をしてそういった。

それがなんだか面白くてくすくすと笑っているとため息と共にようやく立ち上がった彼が

ぼそりと呟く。

 

「・・あの絵、描き変えるか。」

 

「やだ!!だめ!!」

 

とんでもない事を言い出した彼に慌てて抗議の声を上げる。

 

「・・なんか、縁起悪いだろ。ネモフィラに会ったなんて。」

 

「そんな事ない。」

 

不安そうな彼にはっきりと断言する。

だって、彼女は

美しいあの海原で1人泣いていた彼女は

 

「きっと、描いてくれたのが嬉しくて会いに来てくれたのよ。」

 

 

私を見て、嬉しそうに微笑んだのだから。

 

 

「だから、消さないで。お願い。」

 

真っ直ぐ彼を見つめてそう言えば彼は暫く黙りこみ、そうしてようやく

 

「わかった。」

 

と短く答えてくれた。

ほっとして「ありがとう!」と彼に抱きつけば「腹減った。」と彼が言うのでリビングへと向かう。

 

ふと、後ろを振り向けば開け放たれた彼のアトリエの奥に

 

とても美しいネモフィラの海が見えた。

 

 

 

 

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お題:ネモフィラ

【短編】電車は進む。どこまでも

 

ガタンゴトンと揺れるリズムに身を任せて、ぼーっと流れる景色を眺める。

 

「どこまで行くの?」

 

両足を忙しなく動かして子供がにこにこと尋ねてくる。

 

「・・・さぁ?どこだろう?」

 

ぼんやりと適当に返す私に子供は首を傾げ嬉しそうに笑う。

 

「どこか行きたいところがあるの?」

 

「・・特に、思いつかないかな。」

 

「ふうん。」と納得したんだかしてないんだか分からない相槌を売った子供は座席に乗り上げ窓の外を眺める。

 

「ねぇ、見て!面白そうなのがいっぱいあるよ!」

 

「そうだね。」

 

キャラキャラと笑いながら楽しそうにそう言う子供に笑みが零れる。

すると子供は再度こちらを振り返り、満面の笑みで

 

「じゃあ、冒険する!?」

 

と言った。

 

「冒険はしない。」

 

 答えを間違えたらめんどくさい事になりそうだと瞬時に判断してピシャリと言い返すと、子供は「ちぇ。」と拗ねたように立ち上がりどこかへと走ってふわりと消えた。

 

ガタン。ゴトン。

 

子供を見送って、何となくまた窓の方へと目を向ければそこにはお行儀悪く座席に両足をのせ抱え込むようにして座る少女がいた。

 

「・・いつ降りられるの?」

 

不安そうにポツリと呟く少女の声が嫌に大きく響く。

じっと少女を見つめるけれど一向に顔をあげない彼女と目が合うことは無い。

 

「本当に降りたいのなら、降りられるはずだよ。」

 

私の声も嫌に大きく響いた。

 

「・・・。」

 

何かをこらえるように、少女の抱え込む両手にグッと力が入っていく。

なんとなく視線を少女からはずして私は続けた。

 

「誰も貴女を縛ったりなんかしない。貴女を縛ってるのは貴女だけ。・・降りたいのなら、降りられるんだよ。いつでもね。」

 

ガタン。ゴトン。

 

電車は揺れて進んでいく。

こちらの気持ちも、事情もお構い無しでぐんぐんと進んでいってしまう。

 

気がつけば少女は消えいて、隣には女性が座っていた。

私と同じように、ぼんやりと外を眺めている。

 

「どうしてここに来たの?」

 

窓の外へ視線をやったまま彼女が問いかける。

 

「私が、私でいられるようにする為に。あなた達を迎えに来たの。」

 

答えた私に彼女は笑みを零す。

 

「私たちは邪魔なだけだわ。必要ない。」

 

自虐的に響いたその声に私は立ち上がり、彼女へと向き合う。

 

「必要だから来たの。」

 

私の答えに、彼女は苛立たしげに吐き捨てる。

 

「必要ないから置いていったのよ。」

 

「それでも!」

 

彼女の言い分は正しい。わかっている。

今更だ。今更なんなんだ。わかってる。

置いていったのは私だ。

切り捨てたのも私だ。

でも、だけど、そうだけど、私は。

 

「・・それでも、私は何者でもない私じゃなくて確かに私である私で居たい。」

 

ガタン。ゴトン。

電車は進む。どこまでも。

私たちの気持ちも、事情も何もかもお構い無しに進み続ける。

 

私たちが降りるその時まで。

 

「絶対苦しむし、しんどいよ。いない方が絶対楽なのに。」

 

呟かれた言葉に私は笑う。

 

「それでもいいよ。」

 

「・・・馬鹿だね。」

 

彼女が呆れたように笑う。

 

ガタン。ゴトン。

 

いつの間にかどこかへと消えていた少女と子供もそこにいた。

 

「ねぇ、ねぇ!やっぱり冒険する!?」

 

ぴょんぴょんとはね回る子供が嬉しそうにそう問いかけてくる。

 

「・・・そうだね。少しだけしてみようかな。」

 

ガタン。ゴトン。

電車は進む。どこまでも。

私たちを乗せて、どこまでも。

 

私たちが降りるその時まで。