チリーン。
爽やかな風が吹く度に、高く透き通った音が響き渡る。
チリーン。
さわさわと揺れる木の葉の音色に耳を傾け、1羽のツバメはぼんやりと空を見つめる。
爽やかな空気と音色とは裏腹にツバメの中はどんよりと濁っていた。
その濁ったものが外へと飛び出さないようにツバメはじっと息を潜めてそこにいる。
そこへ、1羽のカラスがやってきた。
「やあ。」
チラリとこちらを見たカラスは一言そう声をかけて羽繕いを始める。
「あっちへいってよ。」
ツバメが冷たくそう言い放つとカラスはへらりと笑った。
「私がどこに居ようと、私の勝手だろう。」
その様子に収まりかけていたものがふつふつと湧き上がってくる。
「僕が最初にいただろ!あっち行けってば!」
羽を広げて「ツピー、ツピー」とそう言えばカラスはケラケラ笑った。
「これは、これは。随分と攻撃的なツバメじゃないか。」
楽しそうに放たれたその言葉はツバメに鋭く突き刺さる。
そして、ツバメが頑張って押し込めていた濁ったものがとうとう外へと飛び出した。
湧き上がる感情そのままにツバメはカラスへと飛びかかった。
「あっち行け!あっちに行けってば!」
素早く飛びかかるツバメをカラスはひらりひらりと避けていく。
ケラケラカラカラ楽しそうに笑うその声がますますツバメの心を酷く掻き乱した。
「なんで僕にこんな事させるんだよ!あっちに行ってよ!!」
「攻撃したくないならしなければいいだろう?」
再度強く言い放ったツバメの言葉になんて事もないようにカラスが返してくる。
「それが出来るならそうしてるよ!だから僕は1羽でいなくちゃいけないんだ!」
溢れ出る感情そのままにツバメがそう叫ぶとカラスはキョトリと動きを止めた。
「1羽で?どうして?」
「誰にも優しくできないツバメは誰かと一緒にいたらダメなんだ。」
言葉に出してツバメもようやく威嚇を止める。心の奥からグッと何かが込み上げて視界がゆらゆらと滲んでく。
そしてツバメの目からポタリと感情の雫が零れ落ちた頃カラスは静かに尋ねた。
「君は、誰かに優しくしたいのかい?」
ポタポタと感情をこぼれ落とすツバメは叫ぶように答える。
「ツバメは誰かに優しく寄り添って幸福を運ぶ鳥なんだ!優しく出来ないツバメなんてツバメじゃない!」
その様子をじっと見つめたカラスは唐突にカラリと笑って見せる。
「君は随分バカだなぁ。」
その言葉にツバメは「うるさい!」と口を開こうとしたがその前にカラスの羽がサラリと優しくツバメの胸を指した。
「それを見てご覧よ。」
促させるままに視線を動かすとツバメの胸の奥にキラキラと輝く丸いガラスが見えた。
「なにこれ?」
「君のうつわだよ。」
思わずこぼれた疑問にカラスが答える。
「うつわ?」
「そう。私のはこれ。」
そう言って指し示されたカラスの胸の奥には少し角張ったガラスが見えた。
ツバメと違うのはカラスのガラスの中には美しい、キラキラとしたものが満たされていること。
「これの中にはね、優しさや愛が入っているんだよ。」
言われてツバメはもう一度自分のガラスを見つめる。
なんにも入っていない丸いガラスを。
「無いものを、誰かに渡すなんて出来るわけないだろう?」
続いたカラスの言葉にツバメは羽をもがれたような衝撃を受ける。
「・・・やっぱり僕は、出来損ないのツバメなんだ。」
絞り出すように出された言葉は小さくて、それでもツバメの心をギリギリと締め付けた。
そんなツバメの様子を見て、カラスは徐に自分のガラスを持ち上げる。
そして、ツバメの空っぽのガラスの中に自分のガラスの中身を注ぎ込んだ。
「何してるの!!ダメだよ!君のが無くなっちゃう!」
たまらずツバメがそう声を張り上げると、カラスはケラケラ笑う。
「無くなりゃしないよ。無くなる前に誰かに貰うもの。」
その言葉にツバメはキョトリと目を瞬かせ、首を傾げた。
「君のガラスに何も入ってないのは、君が1羽で居るせいさ。みんなこうして誰かに貰ったり渡したりしてうつわを満たしているんだよ。」
「誰かに貰ったり、渡したり?」
「そうさ。」
言われてもう一度見下ろした。
カラスと同じ、美しくキラキラしたもので半分満たされた丸いガラスを。
ツバメのうつわはもう空っぽじゃなかった。
「僕!僕も君に渡したい!」
ツバメは自分のうつわを持ち上げてカラスへとそう言うとカラスはさっとうつわを隠してしまう。
「そいつはダメさ。」
それにツバメは悲しくなってポロポロ涙を零した。
「僕が、君にいじわるしたから?だから僕のは貰ってくれないの?」
雛のようにピイピイ泣くツバメの涙を優しく羽で拭いながらカラスは呆れたように「そうじゃないよ。」と答える。
「今、私に渡してしまったら君のうつわはまた空っぽだ。それじゃあ私が渡した意味が無いだろう。」
確かにそうだとツバメは思ったけれどそれでも「でも、でも、」と小さく呟きながら言い訳を探す。
すると、カラスはケラケラ笑いながら
「それでも君が私に渡したいと思ってくれるならね。そのうつわをいっぱいに満たしておいで。そうしたら私は喜んでそれを受け取ろうじゃないか。」
と言った。
ツバメはうんと嬉しくなって大きく羽を大きく広げ
「約束だよ!!」
と満面の笑みを浮かべた。
「ああ、約束しよう。」
カラスもそれに優しい笑みを返す。
チリーン。
高く透き通る様な美しい音色が響き渡る爽やかな空をツバメとカラスが仲良く飛んで行った。
きっともう、ツバメのうつわが空っぽになることはない。
