おはなしの森

日々を過ごし感じること、思い浮かぶこと。世界はたくさんの物語で溢れている。

【短編】ほんとうにいるよ

私のお墓の前で泣かないでください。

そこに私はいません。

 

学生の時に習った有名なあの曲が頭の中でリフレインする状況になるなんて、生前の私はちっとも思っていなかったでしょう。

 

もっとも、

 

私の場合は風にすらなれていないのだが。

 

「ん〜、あれぇ?どこにやったかなぁ?」

 

ものが溢れかえる部屋の中で、ゆるい部屋着を着た女性が困り顔であちこち何かを探し回っている。

その様子を私たちはただただ見つめることしかできない。

 

「絶対、部屋にはあると思うんだよな。外に持ち出してないし」

 

女性はうんうんと唸りながらものを引っ張り出して諦めずに捜索を続けている。

私とこの女性に面識はない。全くの赤の他人だ。

もっというなら、同じくここで彼女を見つめている幽霊仲間たちにも知り合いは一人もいない。

そう。幽霊仲間。

仲間とは言ったものの、彼らと言葉を交わしたことは1度もない。

何度か声をかけてみたことはあるが、反応が返ってきたことが無いのだ。

正直、ぼんやりと部屋の主を見つめる様子は不気味で怖すぎる。

そんな不気味な存在たちとぎゅうぎゅうにすし詰め状態であるのだから笑えない。

 

「まじかー!どうしよっかな?明日必要なんだよー!」

 

女性は半ば半泣きになっているが、泣きわめきたいのこちらである。

この世に未練なんてない私は、とっとと成仏したいのだ。

それが何が悲しくて意思疎通も出来ない他人と家具の隙間にすし詰めにされて、赤の他人の生活を見守らなきゃいけないんだ。

神様仏様。どうか教えて欲しい。生前の私は一体どんな罪を犯したというのですか?

自覚が全くないから罰を受けているのですか?

 

「しょうがない。新しく買うか。」

『ものを増やすな!掃除しろ!!!』

 

ヒュンッ

 

バンッ

 

「『・・・え?』」

 

あんまりにも我慢できなくて女性への文句を叫んだら、何かが壁へと飛んでいった。

 

「ど、・・え?なんで??なに?こわっ」

 

戸惑い、狼狽える女性を横目に私はにんまりと口角をあげた。

 

『使ったものは元の位置に戻せ!脱いだ服をその辺に落とすな!洗濯機に入れろ!!ものを端に寄せるだけじゃ掃除とは言わない!せめて掃除機をかけろ!!というか家具の配置どうなってんだよ!気持ち悪い!!なんで変な隙間だらけなの!?全部の隙間に幽霊すし詰めなんですけど気がついてます!?気づいてないですね?気づいてないからこうなんだ!!何とかして!!因みにあんたが探してるハサミは冷凍庫の中だよ!暑いから冷やして使うとか意味わからんこと言ってしまってだろうが!?酒は程々にしろ!!』

 

溜まりに溜まっていた不平不満を大声で吐き出す度に、部屋の中をヒュンヒュンとものが飛び交う

 

「なになになになに!?こわい!!!どうなってんの!!」

 

女性は部屋の中にしゃがみこみ、ガタガタと震えている。

 

『今度にしよう、今度にしようっていつ掃除をするんだ!?今やれ!!今すぐやってくれ!!この隙間を無くしてくれよ!!私は成仏したいんだってば!!!!』

 

胸の内に燻っていたものを全て吐き出したその瞬間、隣の棚がとうとう音を立てて倒れていった。

 

「やだ!むり!!こわい!!!」

 

部屋の主である女性は悲鳴をあげて玄関を開け放ち飛び出していき、私はようやく久方ぶりの自由を味わえた。

 

『やったーーー!!!うごけるー!!』

 

家具の隙間だったところから抜け出して、開け放たれた玄関から外へと出ていく。

 

ああ、やっと、やっと成仏できる。

 

大きな達成感と晴れやかな気持ちで私はようやく光の中へと溶けていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「あんたが掃除を真面目にするなんて珍しいね」

「幽霊は隙間にいるらしいよ。むり。こわい」

 

驚いた様子でこちらを見つめる友人を横目に黙々と作業を進めていく。

 

「幽霊なんか絶対、いる訳ないって言ってなかった?」

 

私の言葉に不思議そうに首をかしげた友人をまっすぐ見つめて私は真剣に言葉を伝えた。

 

 

「あのね、幽霊は本当にいるよ」

 

 

【短編】あなたと言葉を交わすから

ぐっと体を伸ばして、大きな欠伸をひとつ。

うめき声と共に息を吐き出して窓の方へと視線をやればサーッという音と共に叩きつけられる雨粒。

 

「雨の日って、なんでこんなにやる気がでないんだろうねぇ」

 

どんよりとした空模様のように、朝からどこか重だるく動き回っていた私はとうとう机へと体を倒した。

 

「・・・堂々とサボるのやめてください」

 

淡々とかけられた声に視線だけ向ければ、真面目にパソコンに向き合う彼女の姿がある。

 

「サボってないよぉ。ちょっと休憩してるだけー」

 

わざと間延びしたようにそう返せば、彼女の冷たい視線が突き刺さる。

 

「先日は晴れてる日は眠くなると言って同じようにサボってましたよね?先輩ってやる気がある日存在するんですか?」

 

「あるよー?仕事が休みで一日中ゲームしていい日とか、友達と遊びに行く時とかね。朝からめちゃくちゃ元気だよ」

 

「小学生ですか?」

 

心外だなというようにやる気のある日について話せば、帰ってきたのは呆れたため息だった。

 

「君は私のことをものすごくダメ人間みたいに言うけどさ、私がダメなんじゃないよ。君が真面目すぎるだけだと思う」

 

仕事中、私がこうして目に余るほどのだらけている時か、一人でまくし立てるように話しかけている時にしか口を開かない彼女。

いくら仕事中とはいえ、キーボードを叩く音だけが響くなんて寂しすぎる。

そもそもここの会社はアットホームで働きやすい職場をうたっているのだ。私語厳禁というわけでもないのに彼女は私が喋りかける度に嫌そうな顔をする。

 

「・・そのやる気のなさで業績良いの腹立つってよく言われません?」

 

「あはっ!そんなにはっきり言ってくるの君だけだよぉ!」

 

馬鹿がつくほど正直な物言いに腹を抱えてゲラゲラと笑ってしまう。

その様子にチラリと視線をよこして彼女はすぐさま何も無かったようにキーボードを打つ作業に戻る。

それがまたおかしくて、おかしくて、笑うのを止められない

 

「あぁ〜、・・・死ぬかと思った。今年入って一番笑ったかもしれない。いやぁ、やっぱり君との会話は楽しいね」

 

ひとしきり笑ってそう言えば彼女は視線を向けずに応える。

 

「それは良かったですね。さっさと仕事してください」

 

その様子にくすくすと笑いながらようやく画面と向き合ってキーボードに指を打ち付けた。

楽しい会話のおかげで随分調子がいい。

 

これはまた、彼女の大好物のマドレーヌを近々献上しなければ。

そう心に決めて目の前の仕事を倒していく。

 

いつも冷たい彼女の顔が嬉しそうに綻ぶのか目に浮かび、またひとつ、気分が上がった

 

【短編】風が届けるいつかの君

 

「いくらなんでも、だらけ過ぎじゃないですか?」

 

「こんな気持ちのいい日に動き回れる人の気が知れないよ」

 

呆れたようにかけられた声にゆっくり目を開きながら応える。

 

「こんなに気持ちのいい日に引きこもってる人の気が知れないですね」

 

軽口に軽口で返してきた彼の奥に見える青い空と白い雲。

大きく開け放たれた窓から入り込む風はさわさわと大変心地よかった。

 

「この心地良さの中に骨を埋めたい。」

 

ぼんやりとした心地のままそう呟けば彼は盛大に顔を顰めた。

 

「その場合、その後の処理は僕がしなくちゃいけないじゃないですか。あなたが何処に骨を埋めようと勝手ですけど僕の目の届かないところにしてくださいね」

 

相変わらず歯に衣を着せぬ彼の様子に「酷いな」と笑うと「というか、そこ邪魔なんでどいてください」と冷たく返されてしまう。

 

それに「はいはい」と言いながらゆっくり体を起こして近くの座椅子に腰をかければ働き者の彼はテキパキと部屋の中を整えていく。

 

『人付き合い向いてないんですよ。そのつもりがなくても、相手を怖がらせてしまうみたいで』

 

強ばった表情で寂しさを瞳へと閉じ込めていた、いつかの彼を思い出す。

 

ぶつぶつと小言を言いながら忙しそうに動き回る彼を眺めて、随分ほぐれたものだと笑みがこぼれた。

 

「本当に、随分お暇なんですね。」

 

そんな私を呆れたように見下ろして、彼がそんなことを言う。

 

「最近の君はいささか私に冷たいんじゃないか?もっと優しくしておくれよ」

 

昔はあんなにこちらを伺うような視線を向けてきていて可愛げがあったのに、今では呆れた視線か冷たい視線が大半だ。

 

それが気心が知れた証拠だとはいえ、なんだか少し寂しく感じてしまう。

少し拗ねたように彼へと視線を向ければ、

 

「対人関係は鏡合わせと言いますからね。」

 

『対人関係は鏡合わせと言うからね』

 

彼の言葉に、

 

「あなたがそう感じるのながら、それはあなたが僕に冷たく接しているからでは?」

 

『相手にそう感じさせているのは、君が相手を怖がっているからじゃないかな?』

 

いつかの己が重なる。

 

 

思わず、ぽかんと彼を見つめていると居心地悪そうに彼が視線を逸らした。

隠されるように動いた彼の耳がほんのり色ずいているのが視界に映る。

 

「・・・あっはははは!!!」

 

溢れ出した愉快な気持ち押し出された笑い声が部屋中に響き渡る。

途端に「うるさいですよ!」と響いた可愛らしい抗議にさらに笑みを深めた。

 

「あぁ、そうか。そうだとも。それは気をつけなくてはいけないね。」

 

くすくす漏れ出す笑みをそのままにそう言えば彼はむっつりと顔を顰めたまま作業に没頭するフリをしている。

 

それを横目に、軽くなった腰を持ち上げて外出の支度をすれば「お出かけですか?」と不思議そうに彼が言うので「君も支度をしたまえ」と声をかける。

 

「え?今日、何かありましたっけ?」

 

慌てたように手帳を開いてスケジュールを確認する彼に収まりかけた笑いが溢れそうになった。

 

「いいや。予定はなかったけれど食事に行こう。

私は、優秀な愛弟子に嫌われたくは無いからね。」

 

 

可愛い愛弟子である彼は一瞬、瞳を見開いて

そして嬉しそうに「もちろん焼肉ですよね?」とばたばた身支度を整える。

 

「可愛い愛弟子がそういうのなら、立派な師匠は応えなくてはいけないね」

 

 

爽やかな初夏の空に彼の歓声が響き、ふわりとやって来た優しい風がそれをどこかへと運んでいった

 

 

 

【短編】桜の下で

 

ぶわぁっ。と巻き上がり視界いっぱいに溢れる花びらに両手を広げ感嘆の声を上げる。

 

「わぁい!きれーい!」

 

ふわふわと漂わせた私の手のひらを桜の花びらたちがひらひらと避けていく。

その様子がとても面白くて夢中になって腕を振り回しているとシートを広げ終えた千代がのんびりと「きれいねぇ」と笑う。

 

「今年も立派に咲いたもんだ。」

 

ひとしきり花びらと戯れて満足したので、桜を見上げて嬉しそうにしている千代の隣に駆け寄り腰を下ろす。

私たちを覆うように枝を伸ばした桜の木から、心地良い風が花びらを運んでくる。

下から見上げる桜は、青い空と相まってとても美しい。

 

ふと、家の縁側の方へと視線を向ければ行き交う子達の様子が良く見えた。

千代以外の子達はみんな家の中であれこれ宴の準備に忙しそうだ。

バタバタとあっちに行ったりこっちに行ったり。

 

「千代婆!見てー!」

 

その中からぴょんっと飛び出た少女は可愛らしくおめかしをしていて、背中にライラックのランドセルを背負っていた。

 

「わあ!可愛い!!」

「おやまぁ。よく似合ってるね。」

 

私の歓声と千代のほけほけとした声に褒められて少女は嬉しそうにくふくふと笑う。

 

その様子があまりにも可愛いらしくてついつい私もはしゃいでしまう。

 

「あ!もう!汚しても知らないからね!」

 

遠くから聞こえる呆れたような母の声に少女は「汚さないもーん。」と返して、くるりと一回りしてみせる。

 

「八重ちゃんも、もう立派なお姉さんね。」

 

千代が嬉しそうにそういえば少女は「足し算も、自分のお名前も、もうかけるよ。」と得意げに笑う。

 

「えー!すごい!」

「すごいねぇ。八重ちゃんは賢い子だわ。」

 

私たちにひとしきり褒められてすっかりご機嫌になったお姉さんは敷物の上にランドセルを置いてカパッと開いてみせる。

 

「この間ね、クレヨンでねお絵描きしたんだよ。

それでね、これみて!」

 

そう言って少女が差し出した紙には綺麗な桜の下で楽しそうに食事をする人々が描かれてる。

 

「まぁ、素敵ねぇ。」

 

紙を受け取ってしみじみとそう言う千代の後ろから覗き込んで、息を飲んだ。

 

「これがお母さんでー、これがたけちゃんでー、こっちが千代婆ね!それでこれが、」

 

同じように覗き込んでいる少女が指をさしながら1人ずつ紹介してくれる。

その指が桜の木の根元に腰掛け微笑んでいる人物を示した。

 

「これが、もう1人の八重ちゃん!」

 

ぶわっと桜の花びらが舞い上がる。

ひとつ、ひとつと風に揺られては、はらはらりと落ちていく。

 

「そう。八重も描いてくれたのね。あの子、寂しがり屋だからきっと喜ぶわ。」

 

さらりと紙を撫で、千代が嬉しそうに微笑む。

 

「千代婆と双子だって前に言ってたから、千代婆とそっくりにしたの。似てる??」

 

「えぇ。えぇ。とてもよく似てるわ。」

 

楽しそうに、嬉しそうに話す2人の声を聴きながら、滲む視界を両手で覆って溢れる感情を掬いとった。

 

両手に溢れたそれらはきらきらと光を放ち、風を巻き起こしていく。

そうして巻き上げられた、たくさんの花びらに歓声をあげる少女に私はふわりと抱きついて囁いた。

 

「ありがとう。」

 

とたんにくふくふと嬉しそうに笑う少女がたまらなく愛おしい。

 

「持ってきたよー!ほらそれ片付けて!」

 

途端にバタバタと家の中から庭へとみんながおりてくる。

一気に賑やかになった庭にはたくさんのご馳走が並べられいく。

湧き上がる歓声と笑い声。

久しぶりに集まった子達も楽しそうに近況報告をし合っている。

毎年行われるその光景に目を細め、私はゆっくりと手を重ね合わせた。

 

「どうかこの子達が、いつまでも幸せでありますように。」

 

楽しげな声が響き渡る中庭に、咲き誇る八重桜の花びらがいつまでも、いつまでも降り注いでいた。

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【短編】あなたを想い考える

 

「スノードロップかな。」

 

唐突に始まった「私って花に例えると何?」という質問に思い浮かんだ可愛らしい花の名を口にすれば、押し付けられた作業を文句も言わず黙々とこなしている真理は不思議そうに首をかしげた。

 

 

お人好しで困った人を放っておけない。

絵に書いたような善人である真理は気がつけば誰かの仕事を押し付けられている。

ちょっと困った顔をして「助けてくれない?」と控えめに言えば断れないのをいい事に皆めんどうな作業を彼女へと押し付けていくのだ。

 

そんな彼女は神様に色を貰い損ねた雪に寄り添って、自分の白を差し出したスノードロップによく似ていると思う。

 

「私ってあんなに可愛らしくなくない?どっちかと言うとはるちゃんの方が合ってそうだけどな。」

 

「それは無い。絶対。」

 

腑に落ちてない様子でぼやいた真理の言葉に眉を寄せてキッパリと言い返す。

 

「めっちゃ嫌がるじゃん。なんでよ。」

 

真理がケラケラと笑うのを横目に黙々と作業を進めた。

 

集中して作業を進めればカタカタとキーボードを叩く音と時折紙の擦れる音だけが部屋を満たしていく。

窓の外からは車の行き交う音に混ざって微かに子供たちの声がしてきた。

どうやら下校時間になったらしい。

 

頭の中で今日のタスクを思い浮かべて小さくため息をついてしまう。

 

「あ!クローバー!」

 

唐突に上がった真理の声にビクリと体が跳ね上がる。

 

「・・びっくりした。なに?」

 

手を止めてチラリと真理の方へと視線を向ければ、彼女はにっこりと笑ってまっすぐ私を指さした。

 

「はるちゃんは、クローバーだ。地面にしっかり根を張って踏まれてもなんて事ない顔でそこにいるの。頑張り屋のはるちゃんにピッタリ。」

 

それに「頑張り屋?」と眉を顰めてそういえば真理は大きく頷いて答える。

 

「どれだけ大変でも、自分の仕事をしっかりと責任もってやり遂げるでしょ。」

 

「いや、それは当たり前のことでは?」

 

「それを当たり前って思ってそう出来るのがすごい事なんだよ。」

 

呆れたように反論をした私にまっすぐとそう返され気恥ずかしくて視線を逸らす。

 

 

「・・色んな人に仕事押し付けられるてる真理が言うと重みが違うね。」

 

誤魔化すようにそう小さく呟くと真理は「そうでしょうとも!」とカラカラ笑った。

 

「はるちゃんがね、すごく頑張ってるの見ると私も頑張らなくちゃってやりたくなっちゃうんだよね。」

 

 

なんて事ないように呟かれたその言葉に

 

世界の音が消えた気がした。

 

息が詰まって何かが胸の中に満たされていく。

 

ぐっと瞼を閉じて、静かに深呼吸をひとつ。

そして、誤魔化すようにわざとジトリと視線を向けた。

 

「・・自分のオーバーワークを私のせいにしないでください。」

 

途端に、「あ、え?違うよー、そういうんじゃなくてー。」とわたわたし始めた彼女にくすくすと笑みを零せば彼女も「もー!」と言いながらも微笑んだ。

 

 

スノードロップが春一番に咲くことを約束されたように、彼女の優しさがいつか報われる日が来ますように。

 

 

空がじわじわとオレンジ色に染まる夕暮れ時。

楽しそうに微笑む彼女と穏やかに言葉を交わしながら、私は静かに祈った。

 

 

 

 

【短編】高く澄んだ冬の空

 

「寒いのは大嫌いだけど、冬の空は好き。」

 

肌に突き刺さるような冷たい風を受け、頬を赤く火照らせた君がキラキラとした瞳で見上げながらそう言った。

 

「空なんていつも同じじゃない?」

 

と私が言えば「えー。全然違うよー。」と君はころころと笑う。

笑う度に白い煙が生み出され陽の光に照らされてキラキラと光った。

 

「冬の空は空気が澄んでるからお空がとっても高く感じるの。夜空なんてね、すごいよ!こーんなに沢山お星様がいたんだなって嬉しくなる。」

 

楽しそうに身振り手振りを使って話す君が眩しくて、目を細める。

君はきっと知らなかっだろうな。

 

「いつか、あなたとどこかでキャンプをして一緒に星空観察するのが夢なの。」

 

楽しそうに話す君の言葉に、仕草に、私は心臓を絞られているような心地がしていた事も。

 

「2人で夜空を見上げてね、暖かいココアを飲みながら綺麗だねってお喋りをするの。」

 

同じように感じながらも君が必死で明るく振舞ってくれていた事も。

 

「パチパチ鳴ってる焚き火でマシュマロ焼いてとろとろだーとか大はしゃぎして、ふふっ。想像だけでも楽しいね。」

 

毎日、君が一人で泣いている事も。

お医者さんに何とかしてくださいって詰め寄っていた事も。

 

「ね!きっと行こうね!約束!!!」

 

あの時、泣き叫びたいくらいの感情を押し殺して笑っていた事も。

全部全部、私が知っているって事。

君は知らなかっだろうな。

 

そして、それに私がどれ程救われていたのか。

君の存在が私にどれ程希望を見せてくれていたのか。

きっと君は知らないんだ。

 

 

だから、そんなに泣いているんでしょう?

 

 

「・・・一緒に、来たかったのに。ごめん。」

 

『一緒にいるよ。』

 

誰にも届かない声で返事をして、ふらふら山奥へ進む君の後をついていく。

 

『っていうか、何も持たないで来るなんて、キャンパー失格じゃない?』

 

「ごめん。・・・ごめんなさい。」

 

届かぬ軽口もボソボソと紡がれる謝罪に呑み込まれていく。

一段と冷える夜の山。

懐かしいその山道を私と君は歩いてる。

 

いつかの約束を果たすため。

 

『ついたね。・・・懐かしい。』

 

私にとっては随分と懐かしくなってしまったその場所は、記憶の中より少しだけ荒れていた。

 

『子供たちの遊び場だったのに、もう誰も来なくなっちゃったんだね。』

 

私が感傷に浸っている間も、彼女はふらふらと進み続ける。

開けたその場所を真っ直ぐと。

 

「ごめん。・・・ごめん。・・・ごめん、なさい。」

 

私との、約束を果たすため。

 

君の足がその先を踏みしめるその前に、私は思いっきり彼女を引き倒した。

 

『ねえ!!見て!!!』

 

倒れた君の目の前に広がる宇宙。

 

私と君が見上げる、満天の星空。

 

「・・・星、・・・綺麗だね。」

 

両手を伸ばし、震える声でそう言った彼女に私は笑う。

 

『ね!綺麗だね!』

 

焚き火も、マシュマロも、ココアもないけれど。

 

『あの時言わなかったけれど、私も冬好きだよ。』

 

私は彼女へと話しかける。

今ならきっと、届くと信じて。

 

『だって冬の寒さが厳しいほど、訪れる春が暖かくて愛おしく感じるでしょう?』

 

すすり泣く彼女の声が夜の山に響き渡る。

山の下から彼女を探す人達の声も微かに届く。

 

きっと、もう。大丈夫。

 

『約束、ちゃんと果たしたんだから。ちゃんと前に進むんだよ。』

 

触れられない彼女に寄り添ってふわりと抱きしめる。

 

『私はずっと、あそこにいるから。』

 

迎えに来た風に乗って舞い上がり、小さくなっていく彼女を見下ろすと彼女の母親が駆け寄るのが見えた。

 

 

 

どうか、私の大好きな親友に暖かい春が訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

【短編】はつゆき

 

凍てつくような風に、かじかむ手足。

体をグッと丸め込んで少しでも外気が入ってこないように抵抗して足早に過ぎ去る人や首や体をモコモコに膨らませて「寒いね」と言い合う人々をぼんやりと眺める。

 

「ねえ!なにしてんの!!」

 

響いた怒り声にちらりとそちらへ目線をやれば朝から忙しそうに動き回っていた彼女が顔を顰めて立っていた。

 

「みんなを見てる。」

 

人々を指さしながら私がそういうと

 

「そうじゃなくて!!準備もしないで何してるのって怒ってんの!!」

 

と大層、ご立腹な様子。

 

正直、あんまり怖くない。

すごい、こんなに怒っているのにちっとも怖くないなんて。

 

そんな怒りのボルテージを更に上げそうなことを事をひっそり思いながら、ぼんやりと眺めていれば彼女は座っている私を引っ張り起こした。

 

「あー!もう!なんでまだそんな格好なの!?」

 

プンスコ、プンスコ。と音が出そうなほど怒りながら彼女は私の身なりを手早く整えていく。

 

されるがままに体を委ねて彼女が近づいて来たのをこれ幸いとまじまじと見つめた。 

 

繊細で、美しく整えられた彼女。

彼女らしいとても素敵な仕上がりにふわりと笑みが零れる。

 

「ちょっと!笑ってる場合じゃないよ!もう早い子は降りて行ってるんだから。」

 

言われて視線を動かせば、たしかにちらちらと降りて行っているのが見える。

 

「みんな、せっかちだねぇ。」

 

私がそう言えば

 

「あんたがのんびりし過ぎなの!」

 

と鋭い言葉が帰ってくる。

 

それにくすくす笑えば「少しは自分でもしなさい」と再び怒られてようやくゆっくり動き始める。

 

少しずつ、少しずつ形作られていく私。

 

繊細に、自由に、そしてちょっと大胆に。

 

なんとか自分なりに身なり整え終えると彼女はムスッとした様子でこちらを見た。

 

「え?なに?」

 

「こんな急ごしらえでここまで出来るなら、もっと早く準備してよ。」

 

拗ねたように言われた言葉に、私も同じく拗ねたように返す。 

 

「だって、一緒に準備したかったんだもん。」

 

「・・・一から考えるのがめんどくさかっただけでしょ。」

 

一瞬、押し黙ったもののじとっとした目で返されてしまった。

 

「あは!バレたか。」

 

それにからりと笑って返せば彼女から大きなため息がひとつ。

 

「ほら!本当にもう行くよ。」

 

手を引っ張られ、自然と私も走り出す。

 

「え?手、くっついたままだけど。」

 

重なったままの手のひらに慌ててそう声をかけると「別に良いでしょ。なに?嫌なの?」と早口で返される。

じわじわと何かが体を駆け巡り、笑みが零れた。

 

「ううん。貴女がいいなら、私もいいよ。」

 

言い終わると同時に、雲の隙間から飛び降りる。

白く濁った雲から飛び出して顔をあげれば、ちらちらと同じように降りていく仲間たちが見えた。

 

下ではたくさんの人々がこちらを見上げている。

 

「わぁ〜!雪だぁ!!」

 

人々嬉しそうな歓声の中、私と彼女はちらちらと降りていく。

仲間が降りていく度に、少しずつ白に染まっていく世界に彼女と2人「ほう。」と息を吐いた。

 

今年も、冬のペンキ屋さんは大盛況だ。

 

見上げる先には、私たちを追いかけて降りてくる仲間たち。

 

「すごいね。」

 

震える声に

 

「うん。すごい。」

 

震える声が答えた。

 

どちらともなく笑みが零れて、私達はぐんぐん降りていく。

 

そうして私達は、白い息を吐きながら頬と指先を赤く火照らせはしゃぎまわる可愛い子の伸ばされた手のひらにふわりと降りたった。

 

「ねえ見て!くっついてる!」

「本当だ、可愛い!」

 

 

じんわりと伝わる熱に、

子供達と私達の声が響き渡る。

 

冬はこれから。始まったばかり。