おはなしの森

日々を過ごし感じること、思い浮かぶこと。世界はたくさんの物語で溢れている。

【短編】風が届けるいつかの君

 

「いくらなんでも、だらけ過ぎじゃないですか?」

 

「こんな気持ちのいい日に動き回れる人の気が知れないよ」

 

呆れたようにかけられた声にゆっくり目を開きながら応える。

 

「こんなに気持ちのいい日に引きこもってる人の気が知れないですね」

 

軽口に軽口で返してきた彼の奥に見える青い空と白い雲。

大きく開け放たれた窓から入り込む風はさわさわと大変心地よかった。

 

「この心地良さの中に骨を埋めたい。」

 

ぼんやりとした心地のままそう呟けば彼は盛大に顔を顰めた。

 

「その場合、その後の処理は僕がしなくちゃいけないじゃないですか。あなたが何処に骨を埋めようと勝手ですけど僕の目の届かないところにしてくださいね」

 

相変わらず歯に衣を着せぬ彼の様子に「酷いな」と笑うと「というか、そこ邪魔なんでどいてください」と冷たく返されてしまう。

 

それに「はいはい」と言いながらゆっくり体を起こして近くの座椅子に腰をかければ働き者の彼はテキパキと部屋の中を整えていく。

 

『人付き合い向いてないんですよ。そのつもりがなくても、相手を怖がらせてしまうみたいで』

 

強ばった表情で寂しさを瞳へと閉じ込めていた、いつかの彼を思い出す。

 

ぶつぶつと小言を言いながら忙しそうに動き回る彼を眺めて、随分ほぐれたものだと笑みがこぼれた。

 

「本当に、随分お暇なんですね。」

 

そんな私を呆れたように見下ろして、彼がそんなことを言う。

 

「最近の君はいささか私に冷たいんじゃないか?もっと優しくしておくれよ」

 

昔はあんなにこちらを伺うような視線を向けてきていて可愛げがあったのに、今では呆れた視線か冷たい視線が大半だ。

 

それが気心が知れた証拠だとはいえ、なんだか少し寂しく感じてしまう。

少し拗ねたように彼へと視線を向ければ、

 

「対人関係は鏡合わせと言いますからね。」

 

『対人関係は鏡合わせと言うからね』

 

彼の言葉に、

 

「あなたがそう感じるのながら、それはあなたが僕に冷たく接しているからでは?」

 

『相手にそう感じさせているのは、君が相手を怖がっているからじゃないかな?』

 

いつかの己が重なる。

 

 

思わず、ぽかんと彼を見つめていると居心地悪そうに彼が視線を逸らした。

隠されるように動いた彼の耳がほんのり色ずいているのが視界に映る。

 

「・・・あっはははは!!!」

 

溢れ出した愉快な気持ち押し出された笑い声が部屋中に響き渡る。

途端に「うるさいですよ!」と響いた可愛らしい抗議にさらに笑みを深めた。

 

「あぁ、そうか。そうだとも。それは気をつけなくてはいけないね。」

 

くすくす漏れ出す笑みをそのままにそう言えば彼はむっつりと顔を顰めたまま作業に没頭するフリをしている。

 

それを横目に、軽くなった腰を持ち上げて外出の支度をすれば「お出かけですか?」と不思議そうに彼が言うので「君も支度をしたまえ」と声をかける。

 

「え?今日、何かありましたっけ?」

 

慌てたように手帳を開いてスケジュールを確認する彼に収まりかけた笑いが溢れそうになった。

 

「いいや。予定はなかったけれど食事に行こう。

私は、優秀な愛弟子に嫌われたくは無いからね。」

 

 

可愛い愛弟子である彼は一瞬、瞳を見開いて

そして嬉しそうに「もちろん焼肉ですよね?」とばたばた身支度を整える。

 

「可愛い愛弟子がそういうのなら、立派な師匠は応えなくてはいけないね」

 

 

爽やかな初夏の空に彼の歓声が響き、ふわりとやって来た優しい風がそれをどこかへと運んでいった

 

 

 

【短編】桜の下で

 

ぶわぁっ。と巻き上がり視界いっぱいに溢れる花びらに両手を広げ感嘆の声を上げる。

 

「わぁい!きれーい!」

 

ふわふわと漂わせた私の手のひらを桜の花びらたちがひらひらと避けていく。

その様子がとても面白くて夢中になって腕を振り回しているとシートを広げ終えた千代がのんびりと「きれいねぇ」と笑う。

 

「今年も立派に咲いたもんだ。」

 

ひとしきり花びらと戯れて満足したので、桜を見上げて嬉しそうにしている千代の隣に駆け寄り腰を下ろす。

私たちを覆うように枝を伸ばした桜の木から、心地良い風が花びらを運んでくる。

下から見上げる桜は、青い空と相まってとても美しい。

 

ふと、家の縁側の方へと視線を向ければ行き交う子達の様子が良く見えた。

千代以外の子達はみんな家の中であれこれ宴の準備に忙しそうだ。

バタバタとあっちに行ったりこっちに行ったり。

 

「千代婆!見てー!」

 

その中からぴょんっと飛び出た少女は可愛らしくおめかしをしていて、背中にライラックのランドセルを背負っていた。

 

「わあ!可愛い!!」

「おやまぁ。よく似合ってるね。」

 

私の歓声と千代のほけほけとした声に褒められて少女は嬉しそうにくふくふと笑う。

 

その様子があまりにも可愛いらしくてついつい私もはしゃいでしまう。

 

「あ!もう!汚しても知らないからね!」

 

遠くから聞こえる呆れたような母の声に少女は「汚さないもーん。」と返して、くるりと一回りしてみせる。

 

「八重ちゃんも、もう立派なお姉さんね。」

 

千代が嬉しそうにそういえば少女は「足し算も、自分のお名前も、もうかけるよ。」と得意げに笑う。

 

「えー!すごい!」

「すごいねぇ。八重ちゃんは賢い子だわ。」

 

私たちにひとしきり褒められてすっかりご機嫌になったお姉さんは敷物の上にランドセルを置いてカパッと開いてみせる。

 

「この間ね、クレヨンでねお絵描きしたんだよ。

それでね、これみて!」

 

そう言って少女が差し出した紙には綺麗な桜の下で楽しそうに食事をする人々が描かれてる。

 

「まぁ、素敵ねぇ。」

 

紙を受け取ってしみじみとそう言う千代の後ろから覗き込んで、息を飲んだ。

 

「これがお母さんでー、これがたけちゃんでー、こっちが千代婆ね!それでこれが、」

 

同じように覗き込んでいる少女が指をさしながら1人ずつ紹介してくれる。

その指が桜の木の根元に腰掛け微笑んでいる人物を示した。

 

「これが、もう1人の八重ちゃん!」

 

ぶわっと桜の花びらが舞い上がる。

ひとつ、ひとつと風に揺られては、はらはらりと落ちていく。

 

「そう。八重も描いてくれたのね。あの子、寂しがり屋だからきっと喜ぶわ。」

 

さらりと紙を撫で、千代が嬉しそうに微笑む。

 

「千代婆と双子だって前に言ってたから、千代婆とそっくりにしたの。似てる??」

 

「えぇ。えぇ。とてもよく似てるわ。」

 

楽しそうに、嬉しそうに話す2人の声を聴きながら、滲む視界を両手で覆って溢れる感情を掬いとった。

 

両手に溢れたそれらはきらきらと光を放ち、風を巻き起こしていく。

そうして巻き上げられた、たくさんの花びらに歓声をあげる少女に私はふわりと抱きついて囁いた。

 

「ありがとう。」

 

とたんにくふくふと嬉しそうに笑う少女がたまらなく愛おしい。

 

「持ってきたよー!ほらそれ片付けて!」

 

途端にバタバタと家の中から庭へとみんながおりてくる。

一気に賑やかになった庭にはたくさんのご馳走が並べられいく。

湧き上がる歓声と笑い声。

久しぶりに集まった子達も楽しそうに近況報告をし合っている。

毎年行われるその光景に目を細め、私はゆっくりと手を重ね合わせた。

 

「どうかこの子達が、いつまでも幸せでありますように。」

 

楽しげな声が響き渡る中庭に、咲き誇る八重桜の花びらがいつまでも、いつまでも降り注いでいた。

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【短編】あなたを想い考える

 

「スノードロップかな。」

 

唐突に始まった「私って花に例えると何?」という質問に思い浮かんだ可愛らしい花の名を口にすれば、押し付けられた作業を文句も言わず黙々とこなしている真理は不思議そうに首をかしげた。

 

 

お人好しで困った人を放っておけない。

絵に書いたような善人である真理は気がつけば誰かの仕事を押し付けられている。

ちょっと困った顔をして「助けてくれない?」と控えめに言えば断れないのをいい事に皆めんどうな作業を彼女へと押し付けていくのだ。

 

そんな彼女は神様に色を貰い損ねた雪に寄り添って、自分の白を差し出したスノードロップによく似ていると思う。

 

「私ってあんなに可愛らしくなくない?どっちかと言うとはるちゃんの方が合ってそうだけどな。」

 

「それは無い。絶対。」

 

腑に落ちてない様子でぼやいた真理の言葉に眉を寄せてキッパリと言い返す。

 

「めっちゃ嫌がるじゃん。なんでよ。」

 

真理がケラケラと笑うのを横目に黙々と作業を進めた。

 

集中して作業を進めればカタカタとキーボードを叩く音と時折紙の擦れる音だけが部屋を満たしていく。

窓の外からは車の行き交う音に混ざって微かに子供たちの声がしてきた。

どうやら下校時間になったらしい。

 

頭の中で今日のタスクを思い浮かべて小さくため息をついてしまう。

 

「あ!クローバー!」

 

唐突に上がった真理の声にビクリと体が跳ね上がる。

 

「・・びっくりした。なに?」

 

手を止めてチラリと真理の方へと視線を向ければ、彼女はにっこりと笑ってまっすぐ私を指さした。

 

「はるちゃんは、クローバーだ。地面にしっかり根を張って踏まれてもなんて事ない顔でそこにいるの。頑張り屋のはるちゃんにピッタリ。」

 

それに「頑張り屋?」と眉を顰めてそういえば真理は大きく頷いて答える。

 

「どれだけ大変でも、自分の仕事をしっかりと責任もってやり遂げるでしょ。」

 

「いや、それは当たり前のことでは?」

 

「それを当たり前って思ってそう出来るのがすごい事なんだよ。」

 

呆れたように反論をした私にまっすぐとそう返され気恥ずかしくて視線を逸らす。

 

 

「・・色んな人に仕事押し付けられるてる真理が言うと重みが違うね。」

 

誤魔化すようにそう小さく呟くと真理は「そうでしょうとも!」とカラカラ笑った。

 

「はるちゃんがね、すごく頑張ってるの見ると私も頑張らなくちゃってやりたくなっちゃうんだよね。」

 

 

なんて事ないように呟かれたその言葉に

 

世界の音が消えた気がした。

 

息が詰まって何かが胸の中に満たされていく。

 

ぐっと瞼を閉じて、静かに深呼吸をひとつ。

そして、誤魔化すようにわざとジトリと視線を向けた。

 

「・・自分のオーバーワークを私のせいにしないでください。」

 

途端に、「あ、え?違うよー、そういうんじゃなくてー。」とわたわたし始めた彼女にくすくすと笑みを零せば彼女も「もー!」と言いながらも微笑んだ。

 

 

スノードロップが春一番に咲くことを約束されたように、彼女の優しさがいつか報われる日が来ますように。

 

 

空がじわじわとオレンジ色に染まる夕暮れ時。

楽しそうに微笑む彼女と穏やかに言葉を交わしながら、私は静かに祈った。

 

 

 

 

【短編】高く澄んだ冬の空

 

「寒いのは大嫌いだけど、冬の空は好き。」

 

肌に突き刺さるような冷たい風を受け、頬を赤く火照らせた君がキラキラとした瞳で見上げながらそう言った。

 

「空なんていつも同じじゃない?」

 

と私が言えば「えー。全然違うよー。」と君はころころと笑う。

笑う度に白い煙が生み出され陽の光に照らされてキラキラと光った。

 

「冬の空は空気が澄んでるからお空がとっても高く感じるの。夜空なんてね、すごいよ!こーんなに沢山お星様がいたんだなって嬉しくなる。」

 

楽しそうに身振り手振りを使って話す君が眩しくて、目を細める。

君はきっと知らなかっだろうな。

 

「いつか、あなたとどこかでキャンプをして一緒に星空観察するのが夢なの。」

 

楽しそうに話す君の言葉に、仕草に、私は心臓を絞られているような心地がしていた事も。

 

「2人で夜空を見上げてね、暖かいココアを飲みながら綺麗だねってお喋りをするの。」

 

同じように感じながらも君が必死で明るく振舞ってくれていた事も。

 

「パチパチ鳴ってる焚き火でマシュマロ焼いてとろとろだーとか大はしゃぎして、ふふっ。想像だけでも楽しいね。」

 

毎日、君が一人で泣いている事も。

お医者さんに何とかしてくださいって詰め寄っていた事も。

 

「ね!きっと行こうね!約束!!!」

 

あの時、泣き叫びたいくらいの感情を押し殺して笑っていた事も。

全部全部、私が知っているって事。

君は知らなかっだろうな。

 

そして、それに私がどれ程救われていたのか。

君の存在が私にどれ程希望を見せてくれていたのか。

きっと君は知らないんだ。

 

 

だから、そんなに泣いているんでしょう?

 

 

「・・・一緒に、来たかったのに。ごめん。」

 

『一緒にいるよ。』

 

誰にも届かない声で返事をして、ふらふら山奥へ進む君の後をついていく。

 

『っていうか、何も持たないで来るなんて、キャンパー失格じゃない?』

 

「ごめん。・・・ごめんなさい。」

 

届かぬ軽口もボソボソと紡がれる謝罪に呑み込まれていく。

一段と冷える夜の山。

懐かしいその山道を私と君は歩いてる。

 

いつかの約束を果たすため。

 

『ついたね。・・・懐かしい。』

 

私にとっては随分と懐かしくなってしまったその場所は、記憶の中より少しだけ荒れていた。

 

『子供たちの遊び場だったのに、もう誰も来なくなっちゃったんだね。』

 

私が感傷に浸っている間も、彼女はふらふらと進み続ける。

開けたその場所を真っ直ぐと。

 

「ごめん。・・・ごめん。・・・ごめん、なさい。」

 

私との、約束を果たすため。

 

君の足がその先を踏みしめるその前に、私は思いっきり彼女を引き倒した。

 

『ねえ!!見て!!!』

 

倒れた君の目の前に広がる宇宙。

 

私と君が見上げる、満天の星空。

 

「・・・星、・・・綺麗だね。」

 

両手を伸ばし、震える声でそう言った彼女に私は笑う。

 

『ね!綺麗だね!』

 

焚き火も、マシュマロも、ココアもないけれど。

 

『あの時言わなかったけれど、私も冬好きだよ。』

 

私は彼女へと話しかける。

今ならきっと、届くと信じて。

 

『だって冬の寒さが厳しいほど、訪れる春が暖かくて愛おしく感じるでしょう?』

 

すすり泣く彼女の声が夜の山に響き渡る。

山の下から彼女を探す人達の声も微かに届く。

 

きっと、もう。大丈夫。

 

『約束、ちゃんと果たしたんだから。ちゃんと前に進むんだよ。』

 

触れられない彼女に寄り添ってふわりと抱きしめる。

 

『私はずっと、あそこにいるから。』

 

迎えに来た風に乗って舞い上がり、小さくなっていく彼女を見下ろすと彼女の母親が駆け寄るのが見えた。

 

 

 

どうか、私の大好きな親友に暖かい春が訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

【短編】はつゆき

 

凍てつくような風に、かじかむ手足。

体をグッと丸め込んで少しでも外気が入ってこないように抵抗して足早に過ぎ去る人や首や体をモコモコに膨らませて「寒いね」と言い合う人々をぼんやりと眺める。

 

「ねえ!なにしてんの!!」

 

響いた怒り声にちらりとそちらへ目線をやれば朝から忙しそうに動き回っていた彼女が顔を顰めて立っていた。

 

「みんなを見てる。」

 

人々を指さしながら私がそういうと

 

「そうじゃなくて!!準備もしないで何してるのって怒ってんの!!」

 

と大層、ご立腹な様子。

 

正直、あんまり怖くない。

すごい、こんなに怒っているのにちっとも怖くないなんて。

 

そんな怒りのボルテージを更に上げそうなことを事をひっそり思いながら、ぼんやりと眺めていれば彼女は座っている私を引っ張り起こした。

 

「あー!もう!なんでまだそんな格好なの!?」

 

プンスコ、プンスコ。と音が出そうなほど怒りながら彼女は私の身なりを手早く整えていく。

 

されるがままに体を委ねて彼女が近づいて来たのをこれ幸いとまじまじと見つめた。 

 

繊細で、美しく整えられた彼女。

彼女らしいとても素敵な仕上がりにふわりと笑みが零れる。

 

「ちょっと!笑ってる場合じゃないよ!もう早い子は降りて行ってるんだから。」

 

言われて視線を動かせば、たしかにちらちらと降りて行っているのが見える。

 

「みんな、せっかちだねぇ。」

 

私がそう言えば

 

「あんたがのんびりし過ぎなの!」

 

と鋭い言葉が帰ってくる。

 

それにくすくす笑えば「少しは自分でもしなさい」と再び怒られてようやくゆっくり動き始める。

 

少しずつ、少しずつ形作られていく私。

 

繊細に、自由に、そしてちょっと大胆に。

 

なんとか自分なりに身なり整え終えると彼女はムスッとした様子でこちらを見た。

 

「え?なに?」

 

「こんな急ごしらえでここまで出来るなら、もっと早く準備してよ。」

 

拗ねたように言われた言葉に、私も同じく拗ねたように返す。 

 

「だって、一緒に準備したかったんだもん。」

 

「・・・一から考えるのがめんどくさかっただけでしょ。」

 

一瞬、押し黙ったもののじとっとした目で返されてしまった。

 

「あは!バレたか。」

 

それにからりと笑って返せば彼女から大きなため息がひとつ。

 

「ほら!本当にもう行くよ。」

 

手を引っ張られ、自然と私も走り出す。

 

「え?手、くっついたままだけど。」

 

重なったままの手のひらに慌ててそう声をかけると「別に良いでしょ。なに?嫌なの?」と早口で返される。

じわじわと何かが体を駆け巡り、笑みが零れた。

 

「ううん。貴女がいいなら、私もいいよ。」

 

言い終わると同時に、雲の隙間から飛び降りる。

白く濁った雲から飛び出して顔をあげれば、ちらちらと同じように降りていく仲間たちが見えた。

 

下ではたくさんの人々がこちらを見上げている。

 

「わぁ〜!雪だぁ!!」

 

人々嬉しそうな歓声の中、私と彼女はちらちらと降りていく。

仲間が降りていく度に、少しずつ白に染まっていく世界に彼女と2人「ほう。」と息を吐いた。

 

今年も、冬のペンキ屋さんは大盛況だ。

 

見上げる先には、私たちを追いかけて降りてくる仲間たち。

 

「すごいね。」

 

震える声に

 

「うん。すごい。」

 

震える声が答えた。

 

どちらともなく笑みが零れて、私達はぐんぐん降りていく。

 

そうして私達は、白い息を吐きながら頬と指先を赤く火照らせはしゃぎまわる可愛い子の伸ばされた手のひらにふわりと降りたった。

 

「ねえ見て!くっついてる!」

「本当だ、可愛い!」

 

 

じんわりと伝わる熱に、

子供達と私達の声が響き渡る。

 

冬はこれから。始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【短編】雨の日は散歩に行けない

 

大きく開かれた窓から入り込むひやりとした空気。

サァーっと響き渡る細かい雨の歌を聞きながらチラリとそちらへと目を向けると一定のリズムで上下へ振られるふわふわの尻尾。

 

「いや、雨はさぁ。しょうがないって」

 

苦笑いしながらそう声をかけるが彼女は窓の外へと視線を向けたまま強く尻尾を叩きつけている。

 

たしーん。たしーん。と強く振り下ろされる尻尾と恨めしそうに窓に張り付く様子がなんだか面白くて悪いとは思うがついつい笑みがこぼれてしまう。

 

「なぁーん」

 

くすくすと笑う私の声が聴こえたのか、彼女が不満気な声を上げる。

 

「あっははは!ごめんて」

 

笑いながら彼女の隣へと腰をかけるとひやりとした湿った空気が私を撫でた。

 

「うーん。流石にちょっと寒くない?窓閉めた方がいいよ」

 

たしーん。

 

「嫌なんですね。わかりました。私がなにか羽織りますとも」

 

「なぁー」

 

「はいはい。あなたのも持ってきますねー」

 

よっこいせと再度立ち上がり隣の寝室へと移動する。

少し考えて、大きめのブランケットを1枚手に彼女の元へと戻ればこちらを見つめる瞳と目が合った。

 

「お待たせいたしました」

 

窓の前に座りながらブランケットを羽織り、右手でそっとスペースを開けると待っていましたとばかりにするりと彼女が入ってくる。

ピタリと太もも辺りに寄り添った温もりに笑みをこぼし窓の外へと視線を向けた。

 

「昨日まであんなに暑かったのが嘘みたいな肌寒さだねぇ」

 

細い雨の降る空を見上げて1人と1匹は言葉を交わす。

 

「うーん。衣替えした方がいいかな?」

 

「んなぁー」

 

「だよねぇ。まだちょっと早い感じするよね」

 

「なおーん」

 

「そう。それでいつも後悔するもんね」

 

「んなー」

 

「あ!それいいね。羽織るもの数枚先に出しておこう。」

 

「みゃお」

 

「おみそれしました」

 

ひやりと湿った空気の中で交わされる何でもない言の葉が1人と1匹を暖かく包んでいる。

目が回るほど忙しい日々の中で急激に世界が速度を落としたみたいだ。

 

くすくす。

にゃーにゃー。

あはは。

たしーん。

 

それはきっと時間にしたら10分も無いかもしれないけれど、それでも1人と1匹はずっと長いことそうしていたような気がしていてなんだかとっても不思議な気持ちだ。

 

「あ、見て」

 

雨はいつの間にか止んでいて、雲の隙間から陽の光が差し込んでいる。

キラキラ光が反射する広い空には、色とりどりの美しい橋がかかっていた。

 

「なおーん」

 

「うん。綺麗だねぇ」

 

今日は朝からやる気がなくて、もだもだと言い訳を頭の中で忙しなくしていて体はちっとも動いていなかったし

雨のせいでせめてこれだけはやろうと思っていた事も何も出来ていない。

 

鬱々と自堕落に時間をやり過ごしてしまっていたけれど

それでも

確かに。

 

 

今日は素敵で、特別な1日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お題短編】その香りを愛してる

 

コポコポという軽い音と共に辺りに広がる芳醇な香り。

ゆったりと流れる音楽に合わせて深呼吸すれば無意識に強ばっていた体がゆっくりとほぐれていく。

 

「あぁ〜。いい香り〜。」

 

吐き出す息とともに心が漏れてそのままテーブルにだらりともたれると隣のりなさんがくすくすと笑い出す。

 

「本当にコーヒーが好きなのね。」

 

そう言って優雅にコーヒーへと口付けるりなさんを見上げてほうと息を吐く。

背後のステンドグラス窓から色とりどりの光が差し込んでいて、とても神秘的な光景だ。

 

「ここの席を確保できた私を一生褒め讃えたい。」

 

噛み締めるようにそう言えば彼女は「なにそれ。」とカラカラ笑う。

静かに佇む姿も無邪気に笑う姿も絵になるなんて、天は彼女にどれだけの物を与えるつもりなんだろうか。

 

憧れと共に湧き上がる嫉妬心を慌てて紅茶で胃の中に流し込む。

 

「それと、私はコーヒーが好きなんじゃなくてコーヒーの香りが好きなんですよ。いやむしろ愛してると言っても過言ではないですね!」

 

陰鬱な考えを振り払うように明るくそう言えばりなさんは感心したように呟いた。

 

「そういう所上手くできてるよねぇ。」

 

「うまく?」

 

「だって、そんなにこの香りを愛してる優碧ちゃんが飲めない体質じゃなかったら今頃あなたはカフェイン中毒よ。」

 

言われて、なるほど確かにと頷いてみせる。

自他ともに認めるコーヒーの香りマニアの私がお腹を壊すことなくそれらを体に取り入れられると分かれば身体中の水分をコーヒーへ置き換えようと奮闘したことだろう。

 

「でも、もしそうだったらもっと早くりなさんと私は出会っていたと思いません?」

 

にっこりと微笑んでそう言った私にりなさんもにっこり微笑んで返す。

 

「そうだったのなら、私と優碧ちゃんが出会うことは無かったでしょうね。」

 

「えー!そんなぁ!何でですか?同じコーヒーを愛する者なのに!?」

 

想像と違う返しにびっくりして抗議の声をあげれば、りなさんは「想像してみなさいよ。」と人差し指をくるりと回してみせた。

 

「コーヒーを愛して愛してやまない優碧ちゃんは仲の良いお友達たちと連日カフェへ行くのでしょうね。飲めないあなたと違って彼女は好きなだけ間近でそのコーヒーを楽しめるのだから一緒に行く相手にブラックコーヒーを飲んで欲しいという要求もないわ。みんなも好きなものを飲めて楽しくおしゃべりするだけだから負担なく彼女と過ごすことでしょう。コーヒーを飲んでるところを見かけただけの女にわざわざ縋り付く事なんて無いのではなくて?」

 

ぐぅのねも出ないとはこの事か。

 

りなさんの提示したそれらは全く違和感なく想像できた。

何度かこうしてカフェへ来ていて今ではすっかり打ち解けてはいるが、りなさんは普通なら関わることの無かったタイプの人だ。

友達全員に「勘弁してよ」とカフェ巡りを断られる事件がなければ絶対自分から話しかけることはしなかっただろう。

 

「でも、でも、カフェとかでばったり会って仲良くなったりとか。。。」

 

それでもそれをすんなり納得するのはなんだか癪に障るので何とか可能性を絞り出そうとする。

 

「ならないでしょうね。何度かその場に居合わせたとしても優碧ちゃんの心は目の前の愛してやまない彼に囚われているもの。」

 

が、それもバッサリとりなさんに切られてしまった。

確かに、コーヒーで満たされている私が周囲に気を配れるわけが無い。己の視野の狭さは充分理解している。

 

ぐぬぬ。結局私とりなさんは次元の違う人種だと言うのか。」

 

納得はしたくないが押し寄せる現実を何とか処理しよう奮闘しているとりなさんが笑いながら机を2度指で叩いた。

 

知らぬ間にテーブルへと落ちていた視線を恐る恐るあげる。

 

その先で、色とりどりの光を背負ったりなさんが優雅に微笑んでいた。

 

「知ってる?こういうのを運命って言うのよ。」

 

 

 

時が、止まった気がした。

 

 

 

カランカランと入店鈴がなってはっと意識が戻ってくる。

 

「危ない!!危ないよ!今、私、入信するところだった!!」

 

焦ったようにそう言えばりなさんが「どこによ。」とケラケラ笑う。

断じて笑い事では無い。

完全に意識が持っていかれていた。あのまま幸運の壺を取り出されていたら惚けたまま購入していた自信がある。

 

「恐ろしい。美人って恐ろしい。」

 

呟きながら紅茶を口に含みゆっくり飲み込む。

それから大きく深呼吸をして辺りに漂う愛おしい香りを肺いっぱいに満たしていく。

 

「ふぅ〜。⋯よし。落ち着いた。」

 

芳醇な香りになだめられて、いつもの調子を取り戻せば呆れた顔のりなさんと目が合う。

 

「私はそっちの方が恐ろしいけどね。その内コーヒー教とかつくりそう。」

 

「それはいい考え!りなさん教祖やってよ。」

 

冗談に軽く返して笑えばりなさんも「勘弁してよね」といつもの様に笑った。

 

コーヒーの香りの中で他愛のない会話をしながら反芻する。

 

運命、か。

 

出会うはずのなかった2人が、様々な因果の先で友となる。

 

運命。

 

その一言でたまに一緒にカフェでおしゃべりするだけの関係がとても崇高なものに思えた。

 

愛してやまない芳醇な香りに包まれて私とりなさんは微笑みながら言葉を交わす。

 

いつもと変わらない日常だけど、その日常を私は今以上に愛することになるのだろうなとりなさんの楽しげな笑い声を聴きながらぼんやりと考えた。

 

 

 

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お題:コーヒー