空気の澄んだ満点の星空に浮かぶ
大きな満月
冷たい風が吹いて木々が揺れると、ふわりと甘くて優しい香りが辺りに広がった。
「ねぇ、お月様にも金木犀があるって知ってた?」
目の前で優雅に紅茶を嗜みながら、彼女は唐突にそんな事を言った。
「宇宙には酸素がないし、月には水が無いんだから植物なんて育たないだろう?」
そう僕が返すと、彼女はこれみよがしに大きなため息をつく。
「あなたって、本当に夢がないのね。」
「・・・。」
なんと返すのが正解なのか分からなくて、目の前に用意されている紅茶を無心で口の中へと流し込んだ。
「あのお月様にはね、大きな大きな金木犀が咲いていてその花がお月様を黄色く染め上げているのよ。」
そう言って微笑む彼女にチラリと目線を送ると彼女は、期待のこもったような目でこちらを見ていた。
月全体を染め上げるほどの花が咲いているのなら、こちらからその木が見えないのはおかしいし、地球以外にも植物が自生する惑星があるなんて大ニュース過ぎる。
というか、そもそも僕には月が黄色に見えたことは無い。
どちらかと言うと白っぽいと思うのだが彼女は違うのだろうか?
たくさんの疑問が脳内を駆けめぐるけれど、それを口に出せばまた彼女が大きなため息をつくことになるのは流石に学習した。
それならばなんと返すのが正解なのか。
未だに、にこにこと・・・。
いや、これはもはやニヤニヤだろう。
完全にこちらの出方を面白がっているようにしか見えない。
「うふふ。チャンスは1回だけよ?もしも私の満足いく言葉が返って来なかったらあなたには月にあるその金木犀を切り倒しに行って貰おうかしら?」
ついにはとんでもない事を言い出した。
月に行くなんて、きちんと訓練されて無いと無理な上にあるかどうかかも・・いや、ほぼ確実にあるわけ無いものを切り倒しに行かせるなんて。
そんなの不可能に決まっている。
「君はかぐや姫か。」
眉をしかめてそう呟けば、それを拾ったらしい彼女は目を瞬かせ
次の瞬間、弾けんばかりの笑顔で僕へと言葉を投げかけた。
「何よ!やれば出来るじゃないの!」
何かが彼女のお気に召したらしい。
大変興奮した様子で立ち上がり、「すごい、すごい」とくるくると踊り出した彼女を横目に、ひとまずホッと息を吐いた。
月に行かされることは撤回して貰えそうだ。
彼女が笑いながら動く度に鮮やかなオレンジが舞い上がり、ふわりと甘い香りが強くなる。
月明かりに照らされて踊る彼女はとても楽しそうだ。
「・・・やっぱり、白に見えるな。」
月を見上げてボソリとそう呟けば、彼女はこちらを振り返りにこりと微笑んだ。
「そう?ならきっと今日咲いてるのは銀木犀なのね。」
「そんないい加減な。」
呆れたようにそう返せば、彼女は
「いい加減なんかじゃないわ。月に金木犀が居るなら銀木犀だって居るに決まってるじゃない。」
と、得意げに微笑んでみせた。
冷たい風が鮮やかなオレンジを巻き上げて、視界いっぱいに金木犀が溢れる。
それを、白い大きな満月が優しく照らしている。
「・・・そうか。」
1つ、僕が頷けば
「そうよ。」
と彼女も力強く頷いた。
微笑む彼女の視線から逃れるように紅茶に口をつけて
(来年の月はどんな色だろうか?)
と、らしくもない事をひっそりと考えた。
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お題:金木犀、銀木犀