鈴を転がすような虫の声が優しく響く。
そよそよと私の髪を撫でる風が遊んでる。
空に流れる大きな川と優しく見守るお月さま。
ゆったりと流れる時間 。
目を閉じて、深呼吸をひとつ。
耳に届く微かな足音と気配もひとつ。
「こんな時間にお散歩ですか?」
怒ったような呆れたような優しい声に促されるようにゆっくりと瞼を開ける。
そして微笑みながら振り返った。
「だって、この時間が1番好きなんだもの。」
「いつも言ってますが、この時間に女の子が1人で出歩くのは感心しません。」
私の言葉に返ってくる耳に馴染みのある言葉。
なんだかおかしくなって笑いながら言い慣れた言葉を返す。
「1人じゃないわ、あなたが来るもの。」
毎度繰り返されるやり取り。
いつもの行動。いつもの会話。
このあと彼はしょうがないなと微笑んで私のお散歩に付き合ってくれる。
そう、いつもなら、
「•••いつまでも迎えに来れるわけじゃないんですよ。」
真っ直ぐに静かに諭してくる彼の視線に耐えきれなくて、私は視線を外して歩き出した。
いつものように彼が後ろからついてくる。
けれど、いつもと違って私と彼の間に会話はない。
押し黙り歩く歩調が早くなっていく。
視界がゆらゆらと揺れてぼやけて滲んでいく。
パタリ。
雫が1つ落ちると同時に私の足も止まった。
「時間なんて、進まなきゃいいのに。」
「それでは、いつまでたっても立ち上がれません。」
呟き零した私の言葉を拾い上げて彼は硬い声で返してくる。
「あなたも、私も。前に進まなくては。」
残酷に突きつけられた言葉にグッと唇を噛んだ。
みっともなく吐き出されようとしているその言葉が外に出ないように。きつく、きつく。
わかっている。
留まったままではいられない。
世界は常に流れているのだから。
反抗して無理に逆らったり留まろうとすればそれだけ削られ消耗していくだけだ。
それでも、そうだとしても、私はーーー
大きく、大きく深呼吸をして足を踏み出す。
1歩、1歩。
進む度に、ボタボタと雫が落ちていく。
それでも進んでいく。
握りしめた拳がギチギチと音を立てても。
喉の奥から嗚咽が漏れ出ていようと。
震える足を無理やりに動かして足を出した。
ひときわ強く吹いた風だけが優しく髪を撫でてくれた気がした。