おはなしの森

日々を過ごし感じること、思い浮かぶこと。世界はたくさんの物語で溢れている。

【短編】その場所はあなただけのもの


真っ白いその空間に彼女は1人たっている。
地面は薄く水で覆われていて、時折ピチョンッと跳ねる音がしていた。

「・・・・・・。」

彼女は、ぼぅっと足元を見つめている。
自分の足裏に微かな水の揺らめきを感じながら、己の足元を見つめている。


「やぁ!酷い顔だね。」


突如響いたその声に、彼女はゆっくりと顔を上げる。
いつの間にか、ほんの数メートル先に女がいた。

「ここに誰かがいるなんて初めてで観察してたんだけど、君さっきから1歩も動いてないよね?もしかして死んでるのかい?」

やけに馴れ馴れしく女は彼女へと語りかけそして近寄ってくる。
しかし彼女には女の言葉よりもそれの足元の方が気にかかった。

「あなた、浮いてるの?」

言いながら彼女はその場で足を持ち上げて下ろしてみる。

パシャリ。


音と共に水が跳ね上がり、彼女を中心に波紋が広がっていく。
彼女はそれを確認して、もう一度女へと視線を向ける。

「あぁ、もしかしてなにか見えてる?」

そう言いながら女は足踏をしているが、やはり彼女の足元では水が跳ねたり、波紋が起きることは無かった。

「浮いてはいないさ、私はこれでもしっかりと地に足をつけて生きてる。この土の上にしっかりとね。」

そう言って足を踏み下ろすその先にあるのは白い床に薄く張られた水だけで土の一欠片だって見当たらない。

「なるほど。変な人。」

そう彼女は結論づけた。
それを聞いた女は心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。

「あのねぇ、私を変って言うなら君も変なんだからな!っていうか、君にはなにが見えてるの?」

ドンドンと怒ったように足を振り下ろす女に彼女は答える。

「・・・水が。」

「みず?」

「えぇ、水。白い床一面に水が張ってるの。」

彼女の言葉に女は辺りを見回して、そして顎に手を当て「なるほど。」と呟いた。


「ちなみに私はここに茶色い地面がある様に見えるよ。
ほんでそっちには緑色の芝生が生えてるし、あっちには黄色い花がたくさん咲いてる。
見上げれば綺麗な青空がバアーーーっと広がってるんだ。」

女はそっちあっちと指をさしながら説明し最後に両手を広げ満面の笑みで誇らしそうにそう語る。

しかし、彼女の目に映るものは白。白。どこまでも白だけだった。

「・・・良いなぁ。」

ポロリと彼女から言葉が漏れた。
すると女はキョトンと首を傾げる。

「なんで?」

「私の空間には何も無いもの。たくさんの白と、足元の水だけ。」

彼女は視線を足元に移し、ゆっくりと足先で水をかき混ぜた。
ゆらゆらと、彼女の動きに合わせて水面が揺れる。


「真っ白な空間で、君が動くとそこに波紋が広がっていくんだ。」

女の言葉に、彼女は弾かれたように顔を上げた。

「みえたの?」

しかし、女はニヤリと笑い

「いいや。見えないね。だってそこは君の世界だろう?」

と言った。
女はスキップするように彼女の周りをぐるりと回る。

「けれど、想像することはできるよ。
君が踊れば足元では水しぶきが上がり波紋が広がる。どこまでもどこまでも。
白いその空間に広がっていくんだ。」

女の言葉に促されるように、彼女はパシャリと音を立てた。
足元から産まれた波紋が白い空間に広がっていく。
どこまでも。
どこまでも。

「ね?幻想的でとても美しい世界だ。」

彼女は大きく目を見開く。
ここを美しいなんて今まで1度だって思ったことは無い。
けれど今、目の前に広がるその光景は息を止めるほど美しい。

「私たちが見てるのは自分の世界だよ。
見えているのは自分だけ。
でも、見えてるのが自分だけだからこそ


その世界の価値を決めるのは自分だけだ。」


女の言葉が胸に強く強く染み渡る。
波紋が広がるように彼女の中に、どこまでも、どこまでも。

 

 


どれくらいそうしていたのだろう。
ハッと気がつくと、そこには誰もいない。

いつも通り見渡す限り白に包まれている。
自分の呼吸が聞こえるほどに静かで、あの不思議な女は幻だったのかと思うほどに静寂だ。

 

彼女は1人そこにたっていた。
どこまでも白いその空間に彼女はいる。

ふと、彼女の中に染み渡った女の声が彼女の中から聞こえてくる。


パシャリ。


パシャリ。


ひとつ、ふたつと足を踏み出して、「ふふっ」と笑みがこぼれた。


パシャパシャパシャリ。


幻想的で美しいその空間で、彼女は楽しそうに笑いながら


波紋と共に舞っている。


いつまでも。いつまでも。