おはなしの森

日々を過ごし感じること、思い浮かぶこと。世界はたくさんの物語で溢れている。

【短編】川の上にいるものは

 

ジジジジジッ。ミーンミンミンミンミン。

セミのコンサートが開催される中、私と仲ちゃんは2人カウンターに座っている。

 

太陽はサンサンと降り注ぎ世界に熱を送り続け、その熱がじわじわと入り込んでくるガラス張りの建物。

そこに私と仲ちゃんはかれこれ3時間ほど座っている。

客足は全くなく、2人で眺めるガラスの先の道にも見渡す限り人の気配が全くない。

 

「こんなくそ暑っつい日にさ、出歩く人なんていないと思わない?」

 

ため息と共にそう吐き出せば仲ちゃんは「そうですねぇ。」と曖昧に笑って見せる。

 

「お客さんもさ、みんな涼しいところに退避してるって。来ないんだから帰ってもいいと思わない?」

 

今度はにっこりと笑顔を貼り付けて意気揚々とそう言ってみるが先程とは違い仲ちゃんは少し怒ったような顔を作り

 

「ダメですよ。一応人がいないと。」

 

と言った。それに「はーいママ。」と返してカウンターにぐでっと倒れ込む。

人が沢山来て忙しいのは嫌いだが、誰も来なくてやることが無い暇な時間を過ごすのも嫌いだ。

じっとしているのは性分に合わない。

せめてスマホがいじれればなーとカバンの方に目線をやると、すかさず「ダメですからね。」と仲ちゃんから叱責が飛んできた。

「うぇー。」と不満げな声を上げて手足をばたつかせると仲ちゃんは困ったようにこちらを見て、そして

 

「あ、ほら、川の方を見てみてください。たくさんの兎さんが海に向かって大移動してますよ!!」

 

と言った。

 

「·····暑さにやられちゃったの?お水飲む?」

 

心配になって足元に置いていたお水を差し出すと

 

「違いますよ!ほらアレ!」

 

と道の奥の方に見える大きな川を指さした。

しかし彼女の言ううさぎなどどこにも見えない。

 

「どれ?」

 

全く分からなくて首を傾げながらそう訪ねると仲ちゃんは嬉しそうに笑いながら

 

「風に煽られてたっている波が白いうさぎが跳ねてるように見えませんか?」

 

と言った。

再度川へと視線を向けると、確かに波がパシャパシャと飛沫を立ててる様子は白いうさぎが跳ねてるように見えなくも、なくなくも、ないことも無い·····、か?

 

「仲ちゃんって真面目でしっかりしてるのに、たまにすごくメルヘンだよね。」

 

ふふっと笑いながらそう言うと仲ちゃんはムッとして

 

「暇を潰せるように話題を振ってあげたのに。」

 

と、少し拗ねたように言った。

 

「ごめん、ごめんて。·····で?そのうさぎさんはなんで海に向かってるの?」

 

どうせ暇だし、時間が余っているのだから彼女の提供した暇つぶしに乗っかってみようと続きを促してみる。

 

「月に帰るためだよ。」

 

「·····月に?」

 

返ってきた言葉が予想と違くて目をぱちくりと瞬いてしまう。

 

「月に行きたいのになんで海に行くの??」

 

意味がわからなさ過ぎて尋ねると、仲ちゃんは

 

「小さい頃歌ったでしょう?

海は広いな、大きいな。月が上るし日が沈むって。

月のうさぎたちは海から月に搭乗してそれで空へと昇っていくの。」

 

と少し得意げに笑いながら言う。

 

「·····それは盲点だった。

月の兎は、最初から月に住んでいるとばっかり思っていたけれど地上のうさぎだったのか。」

 

思わず感心したように言葉が溢れた。

 

「きっと、地上の選ばれた兎だけが月へと上がれるの。十五夜の日に1番高く跳ねれた兎とか!」

 

「なるほど!面白いね!」

 

仲ちゃんの発想力は私には無いもので、話を聞くだけでもこんな考えがあるのかと驚かされることが多い。

 

「もうひとつ疑問あるんだけど聞いていい?」

 

「何?ドーンと聞いてよ!なんでも答えちゃうよ!」

 

結構、序盤から気にはなっていた事を言う仲ちゃんがなんて答えるのか聞いてみたくて聞いてみることにした。

 

「あれ、海から来てる風だからさ波がたってるのは海と反対方向なんだけど。そこんとこどう思いますか?」

 

そうなのだ。強く吹いているその風は海風で、仲ちゃんの言う兎さんはみんな海を背に移動しているのだ。

 

 

 

「··········。帰宅ラッシュ?」

 

「あッは!メルヘンどこ行ったの!!!」

 

 

神妙な顔でボソリと呟かれた答えに腹筋が崩壊した。

 

ケタケタと笑い転げる私に仲ちゃんは「別にメルヘンな事言おうと思ってないもん」と少しむくれてしまう。

 

「じゃあさ、じゃあさ!!」

 

なんだか楽しくなってきた私は次から次へと仲ちゃんへとあれはどう思う?これはどう思う?と質問を重ねていく。

 

忙しいのは嫌いで、暇で何もやることがない時間も嫌いだし

結局この日はお客さんは来なかったけれど、

 

それでも、楽しく充実した時間を過ごせたなと確かに実感した一日だった。