【ラベンダー、音、稚魚】
風鈴のような可愛らしい音とともにそれはやってくる。
窓の方から入ってくることもあれば、机の引き出しを開けた途端に出てきたこともあった。
その日はなんだか1日上手くいかない日だった。
小さなミスをポツポツと積み重ね、しょうもないことで何時間も怒られた。
1人になって重いため息を吐く。
あそこでああしていれば、先にこうしていたら。
今更考えてもどうしようも無いことが次々と浮かんでは消えていく。ぐるぐる。ぐるぐる。
思考にのみ込まれていた私の耳にしゃらんと響く音が届いた。
ハッとして視線をあげれば、そこには小さな紫色の魚が1匹。
軽やかな音をたてて私の髪の中へと潜っていった。
しゃらん。
しゃららん。
その小さな魚は音をたて私の体の周りを楽しそうに泳ぎ回る。手をそっと差し出せばそれに答えるように腕の周りをジグザグと泳いでいく。
ヒレや尾びれがふわりといたずらに肌を撫でていき、
小さな魚が動くたびにふわりと微かにラベンダーの香りが広がっていく。
いつの間にか、口角があがり小さな魚と遊ぶ事に夢中になっていた。
どのくらいそうしていたか。
不意に、小さな魚は目の前へやってくると一回転をして尾びれを震わせてみせた。
「・・・うん。もう大丈夫。ありがとう。」
微笑み、うなずくと小さな魚はもう一度くるんと回り、そうしてふわっと空気に溶けて消えていった。
再び、1人になった。
けれど今度はため息の代わりに笑みをこぼした。
「またね。」
何も無い部屋にポツリとこぼし、しっかりとした足取りで部屋を出た。
誰もいなくなった微かにラベンダーの香りがするその部屋でしゃらんと小さく音が響いた。