お題:足す、亜目、伍する
「残念ながらあなたは人ではないようです。」
生真面目な顔をした男は私にそう言った。
「ちょっと、意味がわからないんですけど。」
私も真面目な顔でそう返した。
「最近、ホモ・サピエンスに分類されているものによく似た生き物がいると発表されたのはご存知ですか?」
そう言われて思い出すひとつのニュース。
どう見ても人にしか見えない女が小さな男の子を抱え悲痛に訴える姿。
「あれフェイクニュースじゃないんですか?」
口の中がカラカラになっているのを感じながらも何とか気を保とうと笑いながら口にするも、目の前の男はただ黙ってこちらを見ている。
黒い瞳が私をまっすぐに見つめている。
まるで、何かを観察するように。
「ちがうわ!!!」
男の瞳に耐えきれず反射的に否定をした。
ちがう。そんなわけない。ありえない。だって。おかしい。
たくさんの言葉が体の中を巡っている。
上手く息ができない。自分の存在が揺らいで、そのまま消滅してしまうんじゃないかという錯覚に陥る。
ちゃんと立てているのかさえ分からなくなった時
「落ち着いてください。」
背中に暖かな手のひらが添えられた。
じんわりと広がる熱に自然と呼吸が深くなりいつの間にか強ばっていた体が徐々に解れてくる。
そのまま再度イスへと腰を落とせば、数回ゆっくりと背中をさすった男が離れていく。
「・・・・わたし、人じゃないんですか?」
吐き出された言葉が静かな室内で響いた。
「はい。」
同じく響いた男の声に目の前が真っ暗になる。
言葉にならない音が口からもれて、グッと奥歯を噛み締める。
「しかし、」
男の声に顔を上げると、男はまっすぐこちらを見ていた。
「現在、人であるとされている3分の1はあなたと同じです。」
「・・・え?」
想像しない言葉に戸惑う私を見つめて男は続ける。
「今わかっているだけで3分の1です。実際はほぼ半数ではないかという話もあります。・・・あなただけじゃありません。」
「あ・・・。」
自分だけじゃない。他にもいる。それも沢山。
言葉が染み込み、理解すると共に涙が溢れた。
同時に胸に沸きあがる良かったという安心感。
「ここを訪ねてみてください。あなたと同じ方々が暮らしています。」
そう言って男は1枚の紙を差し出した。
ここにいる。私と同じ人が。そんなに遠くない。歩いて行ける距離だ。
紙をぐっと握りしめ男へと深く頭を下げた。
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「・・・行ったか。」
呟いてパソコンを立ち上げる。
「おー。おつかれ!どんな感じだった?」
画面に写った男は軽薄そうに笑う。
「一瞬パニックになりかけてたけど落ち着いて声をかけたら大丈夫だった。」
俺の言葉にそいつはふむふむと頷き一言「ご苦労さん。」と声をかけてきた。
「・・・彼女はだいぶ混ざってるみたいだった。もうほとんど人と区別がつかなくなってる。年も俺より10は上だな。」
「なるほどな。やっぱり俺たちに足りないものは人が持ってるんだな。いい発見だ。」
俺の報告にそいつは満足そうに俺へと笑いかける。
「このままいけば、人と対等になるどころか同化しちまうな。」
画面の向こうで俺の顔がにやりと歪んだ。